記憶をめぐるアニメ『千年女優』BS放映 藤本タツキファンにも、ぜひ観てほしい!
千代子のモデルとなった実在の人気女優
思い出を語るうちに、老齢だった千代子は若返り、いろんな役に変身していきます。『東京物語』(1953年)などで有名な小津安二郎監督の名作を思わせるシーンあり、黒澤明監督の時代劇『蜘蛛巣城』(1957年)をオマージュしたシーンあり、『ゴジラ』(1954年)のような怪獣映画もあり……。千代子は思い出の世界を軽やかに駆け抜けていきます。
千代子のモデルは、おそらく日本の映画黄金期に活躍した人気女優・原節子さんでしょう。原節子さんは戦時中は国威発揚映画に出演し、戦後は『青い山脈』(1949年)などの大ヒット作に出演。とりわけ、小津安二郎監督の作品に6本出演したことで有名です。そして、小津監督が1963年に亡くなった後は映画界から距離を置くようになり、生涯独身を貫いたことでも知られています。
原節子さんと小津監督とのプラトニックな関係は、日本映画界の伝説となっています。小津監督の『晩春』(1949年)などを観ると、原節子さんの美しさをスクリーン上に永遠に残しておきたいという小津監督の強い想いが伝わってきます。
千代子の後を、ドキュメンタリーのプロデューサーであり、インタビュアーでもある立花源也が懸命に追いかけます。千代子に振り回されながらも、立花はどこか幸せそうです。女優と映画製作者との奇妙な、狂おしい関係性が描かれていきます。
カメラを通して、被写体と撮影者が特別な関係性でつながっていく様子は、『さよなら絵梨』の永遠の美少女・絵梨と現実世界に居場所のない少年・優太との関係と重なるものを感じさせます。
初恋や憧れの人に対する、誰もが抱く願望
女優というのは、とても不思議な職業です。ひとりの女性が架空の役になりきることで、さまざまな人生を生きてみせるのです。現実ではありえないような冒険や恋愛も体験します。リアルとフィクションとの狭間を行き来するという、非常にレアな仕事です。
映画ライターをしていると、ベテラン女優をインタビューする機会もあり、不思議な感覚に陥ることがあります。過去の出演作について尋ねていると、当時の記憶を思い出した途端にその女優の表情は若々しくなり、まるでその時に演じていた役のような顔や口調になっていくのです。メイクや衣装の力を借りることなしで。『千年女優』のような出来事は、現実にもありうると個人的には思っています。
今敏監督のオリジナル作『千年女優』と、藤本タツキ氏の『さよなら絵梨』は、どちらも記憶をめぐる物語です。記憶というものはとてもナイーブであり、記憶している人の主観次第によって楽しいものにも、哀しいものにも大きく変わっていくことになります。
初恋や憧れの人は、いつまでも美しいままの姿でいてほしい。人間なら誰しもが抱いているそんな願望を、『千年女優』と『さよなら絵梨』はとても忠実に描いた作品だと言えるのではないでしょうか。
(長野辰次)