『ガンダム』シャアのMSがピンクなのはナゼ? 都市伝説「絵の具が余ったから」はホント?
『機動戦士ガンダム』に登場するシャアは「赤い彗星」と呼ばれ、彼が操縦するモビルスーツは赤色のカラーリングがなされています。しかし、その色は厳密に言えば赤というよりも「ピンク」に見えます。果たしてその理由とは?
「赤い彗星」にまつわる都市伝説、ホント?

『機動戦士ガンダム(以下ガンダム)』のシャアといえば「赤い彗星」と呼ばれる主人公の宿敵。深紅の軍服と素顔を隠したマスクに白いヘルメットを着け、「通常の三倍の速度」と言われる攻撃で、数々の戦果を誇るジオン軍きっての英雄です。
ところが、このシャアが操縦する彼専用のMS、通称「赤ザク」は「赤」と言うよりピンク色です。
なぜ「赤い彗星」なのにピンク色なのか?
ファンの間では、昔からさまざまな憶測話しがありました。特にそのなかで、まるで「都市伝説」のように、まことしやかに広がった噂が「ピンク色の絵の具が余っていたので、それを使うため」というものです。
TVアニメーションは、平成の途中まで、アナログの手作業で製作されていました。鉛筆で描かれた動画を「トレスマシン」という特殊な機械で薄いセル版に写し取り、筆に専用の「セル絵の具」をつけて、一枚一枚塗っていたのです。
『ガンダム』では、100色前後の色が使われていましたが、この絵の具は『ガンダム』以前に作られていた作品にも当然ながら使われていて、確かに、よく使う色とあまり使われない色というのはありました。シャアの「赤ザク」に使われていたピンクに近い赤も、制作会社のサンライズ(当時は日本サンライズ)が手掛けていた作品内では、それほど頻繁に使われていた色でなかったのも確かです。
しかし、TVアニメーション番組の製作というのは、それほど単純なものではありません。あの色に決まったのには、きちんとした理由があるのです。
●「同じ赤」だったら起きる弊害とは…
想像してみてください。赤い服を着たシャアが、服と同じ色のMSの前に立ったとしたら……背景になるのは、現在のように、立体的な3Dグラデーションのカラーではない、単色のMSの表面です。もちろんシャアの服も単色の同じ赤。画面には黒い輪郭線があるだけで、そこに立つシャアの服は、まるで透明人間のように見えてしまうかもしれません。そんなリスクは、できる限り避けなくてはなりません。
さらに、もうひとつ理由があります。「赤」という色は、その性質上、白黒に転化したときに黒っぽくなってしまうのです。今ではほとんど見ることもありませんが、『ガンダム』が放送された1979年当時には、まだ白黒テレビを使っていた家庭があってもおかしくはありませんでした。また、何かの折りには、モノクロのモニターが使われる場合もありました。そんなとき、「赤い彗星」は、まるで「黒い彗星」になってしまうのです。
それに、例えば、新聞や雑誌の白黒印刷ページで作品の紹介などが掲載された場合、黒い宇宙の背景に黒っぽいMSでは、なにが写っているのかよく解らない、という羽目にも。主人公のライバル機体として取り上げられることが多くなるはずのMSです。同じ「赤」の印象を与えつつ、手前のキャラクターがよく見え、黒い宇宙背景のなかでも、しっかりと見える色。それが、あのピンクだったというわけなのです。
まだスマホやPCなどの広報メディアが無かった時代のTVアニメーションでは、こうしたことも想定しながら、色を決めていかねばなりませんでした。それに、セル絵の具は、仕上げ会社(セルに色を塗る専門の会社)それぞれが、必要に応じて分量を考え注文するもの。どこかの仕上げ会社が大量に余らせたからといって、発注元の制作会社が関与するものでもないのです。
一瞬、正しそうな気がするアニメーション製作に関する「噂話し」も、その特性や時代性を考えてみると、真実なのか、単なる都市伝説なのかが見えてくるでしょう。
(風間洋)
【著者プロフィール】
風間洋(河原よしえ)
1975年よりアニメ制作会社サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の『勇者ライディーン』(東北新社)制作スタジオに学生バイトで所属。卒業後、正規所属にて『無敵超人ザンボット3』等の設定助手、『最強ロボ ダイオージャ』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『巨神ゴーグ』等の文芸設定制作、『重戦機エルガイム』では「河原よしえ」名で脚本参加。『機甲戦記ドラグナー』『魔神英雄伝ワタル』『鎧伝サムライトルーパー』等々の企画開発等に携わる。1989年より著述家として独立。同社作品のノベライズ、オリジナル小説、脚本、ムック関係やコラム等も手掛けている。