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50周年の『サンダーマスク』 いまだ正当な評価がされず「封印作品」と呼ばれる理由

第二次特撮ヒーローブームのなかで生まれた作品のうちのひとつ『サンダーマスク』は、後年にも名を残す有能なスタッフが集結した人気作品でしたが、正当な評価がされないまま現在に至ります。今回は、その理由について解説します。

第二次特撮ヒーローブームをけん引した『サンダーマスク』

OP曲「サンダーマスク」のレコード(東芝レコード)
OP曲「サンダーマスク」のレコード(東芝レコード)

 10月3日は、半世紀前の1972年にTV特撮番組『サンダーマスク』が放送開始した日です。まだ生まれていなかった方々にはあまり聞いたことのない特撮ヒーローかもしれませんが、それには大きな理由がありました。

 よく本作の原作者を漫画家の手塚治虫先生だと思っている人がいますが、これは少し違います。手塚先生はいわゆる「コミカライズ」というポジションで、『週刊少年サンデー』でマンガ連載をしていただけでした。その内容もTV版とは大きく違います。

 実は本作は、手塚先生のマンガ『魔神ガロン』の実写作品として企画されたものがパイロットフィルムを製作したところで中止され、その後に一部のスタッフが別作品として新たに作ったものでした。その縁から、コミカライズという形で手塚先生が協力しているのです。

 第二次特撮ヒーローブームと呼ばれるこの時代、雨後の筍のように特撮作品が作られたため、『サンダーマスク』もそういったもののひとつと思う人もいるかもしれません。しかし、本作は後述する理由からマイナー作品となり評価も適当なものになってしまいましたが、集められたスタッフには優秀なメンバーが多くいました。

 監督は「ゴジラ」シリーズでおなじみの本多猪四郎監督。脚本は特撮やアニメ作品を多く生み出した上原正三さんと藤川桂介さんが担当しています。また、造形は当時『仮面ライダー』も手掛けていたエキスプロダクションでした。さらに、主役であるサンダーマスクを後半から演じていた中山剣吾さんは、後に改名してゴジラを演じることになる薩摩剣八郎さんです。

 これだけの一流のスタッフがそろっていたのですから、面白くないわけはありません。当時の子供たちにも受け入れられ、サンダーマスクは人気ヒーローのひとりとなりました。視聴率も激戦区の火曜日19時台前半で平均15%と、好成績といえるでしょう。

 しかし、これだけの数字を出しながらもギリギリの予算で作られていたことから、それ以上は製作を続けられず、番組延長は断念されて半年間の全26話で番組終了となりました。後番組は日曜日18時台後半で放送されたものの、裏番組である人気アニメ番組『サザエさん』相手に苦戦していた『ファイヤーマン』が移動してきます。

 当時、子供だった筆者は『サンダーマスク』が好きで、怪獣ゴッコをするときも本作に登場する魔獣をあえてチョイスするほどでした。それで一緒に遊ぶ友だちも理解できるのですから、けっしてマイナーな作品ではなく、他の有名ヒーローと肩を並べるほどの知名度があったと思います。

 そんな『サンダーマスク』が、なぜマイナー特撮作品となってしまったのでしょうか?

【画像】1972年は特撮番組目白押し!『サンダーマスク』以外は? (11枚)

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