【シャーマンキング30周年への情熱(75)】『シャーマンキング』新旧主人公の違いは「個性」とは言い切れない?
キャラクター造形には「時代」を反映している?

まず、花が生まれたのは2000年のシャーマンファイトが終わった後です。次のシャーマンファイトは500年後なので、彼がどれだけ長生きでも参加できません。つまり花の役割は麻倉の血を繋いでいくことですが、聞こえはいいものの、それだけの人生とも言えます。
物心ついたときからシャーマンキングを目指して修行し、現在の花と同じ14歳でシャーマンファイトの戦いに身を投じていた父親とはまるで環境が異なります。もちろん家を存続させることは重要な目標ですが、特に現代では実感が湧きません。好きに生きられるわけでもなく、答えもよくわからない状態に、花は言いようのない「追い込まれ感」を抱いていたかもしれません。
しかしそんなことはお構いなしに、周囲は花を父親と比べます。実際は違いますが、本人はそうだと思っています。葉はシャーマンキング・ハオと対等に話ができる数少ない人間、母のアンナも世界屈指のシャーマンで、ふたりの実力は並外れています。反抗期であるこの時期、親と比べられることには過剰に反発するものですが、これでは拳を振り上げる前に諦めてしまいかねないレベルでしょう。
そして、人間の成長のひとつは「親を超えること」だとよく言われます。例えば店を継いで親の代以上に盛り上げるとか、多くの年収や地位を手に入れるなど、「超え方」はさまざまですが、花の場合は「親よりも優れたシャーマンである」ことがポイントになる筈です。しかしこのハードルは高すぎます。ましてや花には、実力を磨いたり試したりする機会が与えられていません。
このような「自分の責任」とは思えない事情が重なって身動きが取れずにいる少年が、麻倉花です。そしてこの人物像は現代の青少年の境遇に通じるものがあると思われます。『FLOWERS』の初出は2012年ですが、現在の世界でもこの傾向は続いていると言えるでしょう。
武井先生のキャラクター造形は時代を反映していることが多く、麻倉葉も「戦って1番になることが良いわけではない」という価値観の多様性が浸透し始めた1990年代末に、それを反映して生まれています。
葉と花の違い、そして花が現代風のキャラクターであることがおわかりいただけたと思います。そんな花に突如として非日常が訪れた時、彼が何を得てどう成長するのか描かれているのが、『FLOWERS」やそれ以降の物語なのです。早く「続編」の詳細情報を知りたいものですね!
それでは今回はこの辺で! 次回もよろしくお願いします!
(タシロハヤト)



