『鬼滅の刃』の聖地・丹波山村に何がある?山梨なのに実質東京都のナゾ 幻のリゾート計画も
開発されなかったからこそ残る、自然豊かな「炭治郎の故郷」

しかしこの構想は、鉄道の買収後数年で棚上げとなります。奥多摩湖は渇水の影響を受けやすく、渇水期にはダム湖の水量が落ち、観光資源としては「攻撃の威力が落ちてる!」(原作第108話より)状態だったのです。かつ西武新宿からの乗り入れ計画も、拝島駅構内の問題もあって国鉄からの協力を得られませんでした。
計画そのものに狂いが出るなか、実質的に西武グループを率いていた堤康次郎は貨物線買収の翌年に「内縁の女性の手を引いて熱海旅行に急ぐ途中、東京駅で心筋梗塞を起こして倒れる」という、誰も予測がつかないかたちで急逝。グループは紆余曲折を得て新体制に引き継がれたものの、先代の息のかかった観光事業は大幅に集約。奥多摩湖での計画は進展することもなく、貨物線もひっそりと売却されてしまいました。
この貨物線のアーチ橋は、いまも小河内ダムのすぐ近くで見ることができます。もしここが観光鉄道「西武奥多摩線」(路線名は勝手につけました)として残っていれば、作品の舞台・雲取山の縁で「無限列車」(西武が蒸気機関車の動態保存に手を出すか、秩父鉄道などから借りるかという前提で)や「鬼滅の刃」仕様のラッピング車輌も運行されていたかも……妄想は深まるばかり。
ただしこの貨物線は全区間が険しい山岳部で、5年半で148回もの崖崩れを起こすほど険しく脆(もろ)かったとのこと。令和の時代まで路盤が持たなかったかもしれません。
しかし開発が進まなかったこともあってか、雲取山のふもとはいまも自然が豊かで、美味しい水や食べ物も豊富です。
ふもとの町まで炭を売りに行っていた竈門炭治郎も、その百数十年後にはここが首都圏から日帰り可能になるとは想像もつかなかったでしょう。『鬼滅の刃』聖地・雲取山への旅は、山のふもとや道の駅までなら誰でも気軽に楽しめますが、山に登られる方は万全の準備をもってどうぞ。
(宮武和多哉)
※禰豆子の「禰」は「ネ」+「爾」が正しい表記