ゲーム開発は「仕事もの」マンガで描きにくい? 作品の少なさに業界関係者が思うこと
これまで、さまざまな業界や仕事の現場がマンガで描かれてきましたが、「ゲーム開発」を描いた作品は少ない……と感じませんか? もしかすると物語の「型」にあてはめにくいという可能性も……。ゲーム業界に身を置く筆者が考察します。
人間ドラマの「型」を使って描こうとすると…?
マンガには「仕事もの」というジャンルがあります。例えば「医療もの」「教師もの」「料理人もの」など専門的な分野を扱い、その職業の裏側をのぞいたり、疑似体験したりできることが特徴のひとつです。ニッチな職業を扱うものも多く、仕事の多彩さがよくわかります。
さて、ゲーム業界に身を置く筆者は最近、「ゲームもののマンガ作品は難しい」という話題で知人と話す機会がありました。作品数があまりないように思えるのは難易度が高いからではないかと言うのです。数の話はさておき、筆者はこの「難しい」という点に興味を惹かれたので、少し考えてみようと思います。まずは物語の作り方の一端を掘り下げます。
物語にはいくつかの型があります。例えば「特殊な才能を持った主人公が、それを欲する人物(組織)と出会い、才能を開花させる話」とか、「ある職業に憧れる普通の主人公が、偶然その世界に足を踏み入れるチャンスを得て、のし上がっていく話」というような枠組みです。
ちなみに、シェイクスピアがすでにそれらの「型」を出し尽くしたとも言われますが、筆者は懐疑的です。ただ型が存在することと、私たちが目にする作品の多くがそのどれかに分類されることは事実だと考えています。これは特に商業ベースでは顕著で、ひとつの型が売れると同じものを使った別の作品が作られます。
これはマンガに限りません。むしろスマホゲームを例に挙げた方がわかりやすいかもしれません。「ガワ替え」と言って、売れているゲームを参考に、それと類似しているものを次々生み出すのです。
「仕事もの」マンガも同じです。専門的な知識を描いてはいても、ハウツー本ではないのですから、作者が描きたいのは人間ドラマです。するとそれは何かの型に乗っていると考えられ、もしかすると「医療ものマンガA」と「教師ものマンガB」と「料理人ものマンガC」は、同じ物語の型を使った「ガワ替えマンガ」であるかもしれないわけです。
「ガワ替え」が悪いと言っているのではありません。それはたくさんの型のなかからトレンドを効率よく選択し、短縮した時間を表現の追求に回す手法とも言えるからです。問題なのは「ガワ替え」自体ではなく、そこで終わってしまい独自性に乏しい劣化コピーのような作品があることだと思います。