今や懐かしの「メモリーカード」の功績 多くの人々を恐怖から解放した救世主
気付けば「メモリーカード」という言葉はゲーム業界では懐かしいものとなっています。多くのRPGファンが救われたあの記録媒体の功績を、今こそ振り返りましょう。
「メモリーカード」というセーブの救世主の功績を讃えたい
ひと昔前まで、TVゲームといえばセーブデータをいかに保存するかが肝でした。ソフトに直接セーブデータを書き込んでいた時代から考えれば、「オンライン上にオートセーブ」が主流となった現在のゲームライフは悠々自適そのものです。
さて、この「セーブデータ保存の歴史」のなかで今や懐かしい響きとなったのが「メモリーカード」でしょう。一般名詞ではありますが、本稿においては「PlayStation」や「ニンテンドーゲームキューブ」などのゲームで本体に差し込んで使用していたあの絶妙なサイズの記録媒体を思い出していただければ幸いです。この「メモリーカード」がいかに多くのプレイヤーを救ってくれたのか。改めてその功績を讃える必要があるでしょう。
「メモリーカード」が広く認知されたのは1994年末に発売された「PlayStation」。外部装置にデータを保存するという行為がなんとも「大人」「インテリ感」が漂い、多くの少年少女たちはただ『クラッシュ・バンディクー』をしていただけなのに偏差値が20上がった気持ちになりました。
なかでも「メモリーカード」によって救われたのが「ドラゴンクエスト」シリーズをはじめとするRPGファンでしょう。ご存じの通り、それ以前の『ドラクエ』のセーブデータは砂の城くらいの強度しかなく、死の戦慄とともに「ぼうけんのしょは きえてしまいました」旨を伝えられ、幾千もの涙を流してきました。ところが2000年夏に発売された『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』はプレステ用ソフトということでカードにセーブする仕様になり、データ消失の恐怖から(ほぼ)解放されたのです。
では、これでセーブデータをめぐる悩みは全て解放されたのかといえば違います。カードには15個の保存ブロックがありましたがが、気付けば全て使用しており、新規のセーブを断念、ないしは他のデータを泣く泣く消去、なんてことも起こり得ました。また兄弟などでメモリーカードを共有していた場合「どうせ使っていないだろう」と、うかつな判断で消去したデータから骨肉の争いに発展するなんてことも。ただし、これらのトラブルの原因はプレイヤー側にあり、むしろ人間の愚かしさを浮き彫りにしただけともいえます。
ここまでメモリーカードにまつわるメモリーを振り返ってみました。メモリーカードは小さくて失くしやすいものでしたが、その記憶だけは失いたくないと思う令和5年のこの頃です。
(片野)