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「ジブリ」の音楽は久石譲氏でなかった可能性 『ナウシカ』時代は無名だったが?

日本を代表する作曲家・久石譲氏。『風の谷のナウシカ』製作当時、まだ無名の音楽家でした。彼は「ジブリ」といかにして出会い、そして『ナウシカ』の音楽に抜擢されたのでしょうか? 黄金タッグが生まれる前夜をひも解きます。

もしかしたら「ジブリ」音楽は細野晴臣氏だったかも?

『風の谷のナウシカ』のヒットは印象深い劇伴があってこそ (C)1984 Studio Ghibli・H
『風の谷のナウシカ』のヒットは印象深い劇伴があってこそ (C)1984 Studio Ghibli・H

「ジブリ作品」の魅力を語る上で欠かせないのが「音楽」です。こと日本を代表する作曲家である久石譲さんが生み出す名曲の数々は、「ジブリ」の世界観の代名詞ともいえるでしょう。同時に「久石譲」という作曲家のキャリアを確固たるものとしたのもまた「ジブリ作品」です。

 久石さんと「ジブリ」は、いかにして運命の出会いを果たしたのでしょうか? そこに至るまでの前夜をひも解きましょう。

 久石さんは国立音楽大学作曲科を卒業後、1974年 TBS系 テレビアニメ『はじめ人間ギャートルズ』の楽曲を担当(当時は本名の藤沢守名義)。以降、商業作曲家としてのポップス音楽を含め幅広い分野で活動し続けます。

 1984年に映画『風の谷のナウシカ』において久石さんは劇中音楽を担当することに。この頃、久石さんは作曲家としては無名といっても過言ではない時期でした。いったい、どのような経緯があったのでしょうか。

 まず、『風の谷のナウシカ』の音楽は、最初から久石さんが担当と決まっていたわけではありませんでした。企画当初、細野晴臣さん、坂本龍一さんといった当時からしてすでに名を馳せていた音楽業界のスターたちが候補に挙がっていました。

 こと細野さんは先行リリースされた作品のイメージソングも手掛けていました(安田成美さんが歌を担当した同曲は映画のプロモーションに使用されるも結局、劇中には使用されませんでした)。そのまま本編音楽も細野さんが担当するかと思いきや、当時『ナウシカ』のプロデューサーであった高畑勲さんの意向で方向転換されることになります。

 ここで白羽の矢が立ったのが久石さんでした。

 実は『ナウシカ』公開の前年1983年、久石さんは原作マンガを下敷きにしたイメージアルバムの制作を担当していました。同アルバムは劇伴として作成されたものではなく、あくまでも「独立した音楽」として書かれたものでした。このアルバムに感銘を受けた高畑勲&宮崎駿両氏は正式に、久石さんに映画版の音楽を依頼したのです。

 ちなみに細野さんは当時を振り返り「いろいろ思うところがあるし、当事者たちのあずかり知らないさまざまな事情もあったのだろう」と“微妙な感情”をエッセイにつづっています。『ナウシカ』音楽をめぐる準備がいかに紆余曲折を経たかがうかがえる一文です。

「細野晴臣」という超大御所であろうと、作品イメージとの符合を何よりも優先させる、そんな作品第一主義を「ジブリ」はその歴史前夜から徹底していたのです。

(片野)

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