四コマなのに…『ののちゃん』いしいひさいち氏の自費出版本に「言い知れぬ感動」
『となりの山田くん』や『ののちゃん』などで知られる漫画家・いしいひさいち氏が自費出版したストーリーマンガ『ROCA』が広く称賛を集めています。同作には大人世代の読者の心をゆさぶる「感情」が丁寧に描かれていて……?
『ののちゃん』作中の「連載内連載」として描かれる
「朝日新聞」朝刊の四コママンガなどで知られる、いしいひさいちさんの単行本『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』を、ご存知でしょうか。
2022年8月の発売以来、SNSなどでとり・みき氏ら漫画家や識者から称賛の声が多く寄せられ、宇多丸(RHYMESTER)さんの「アフター6ジャンクション」や伊集院光さんの「深夜の馬鹿力」といったラジオ番組でも話題に取り上げられました。カルチャー誌「フリースタイル」の恒例企画「THE BEST MANGA 2023 このマンガを読め!」では堂々の第1位に選出されています。
それでも、本作をAmazonなどの大手電子書店ではもちろん、一般的な書店でも見かけることはほぼないはずです。なぜなら、この本はいしいひさいちさんの公式ウェブサイト「(笑)いしい商店」と、提携している電子書店と数軒の書店、即売会などのイベントでしか販売されていない、自費出版作品なのです。
いうまでもなく、いしいひさいちさんは1972年に『バイトくん』でデビューし、『となりの山田くん』などの代表作を多数持つベテラン漫画家です。ナンセンスギャグを得意とし、諧謔(かいぎゃく)で軽妙洒脱、それでいて批判的視点を備えた作風で、四コママンガの世界に革新的な変化をもたらしました。
近年は朝日新聞の連載『ののちゃん』を中心に活動しており、本作『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ(以下『ROCA』)』の原型は『ののちゃん』の連載内連載として展開していました。
しかし2012年3月、いしいひさいちさんのWebサイトで「朝日新聞のコアな読者にはたいへん評判がわるかった」として、朝日新聞での連載内連載を終了し、吉川ロカシリーズは今後Webサイトで続けていく旨が告知されます。
そして2022年、自身の同人誌とウェブサイトでの発表分、朝日新聞掲載分に若干の描きおろしを加えて発表されたのが、本作『ROCA』です。
画業50年を超えるいしいひさいちさんが、仕事でもなく自らの意志で10年の月日をかけて取り組んだのは、どんな作品なのでしょうか。
単行本としてまとめられた『ROCA』の序文には、こうあります。
「これは、ポルトガルの国民歌謡『ファド』の歌手をめざす どうでもよい女の子が どうでもよからざる能力を見い出されて花開く、というだけの都合のよいお話です」
本作の主人公・吉川ロカは、たまのの市に住む高校生。人並み外れた声量と独特な歌い回しの持ち主で、ファドの歌手になることを夢見ています。
気弱で音程以外はみんなオンチと称されるロカの面倒を見るのが、一年生を3回経験した年上の同級生・柴島美乃。地元で恐れられている柴島商会の娘で、その気の強さと顔の広さを用いて、マネージャー兼用心棒としてロカの活動を支えていきます。