『この世界の片隅に』の舞台、呉市には何がある? バスが登れない坂道、昔も今も
2016年にアニメ映画化もされた『この世界の片隅に』の舞台は広島県呉市。険しい坂道から美しい海と歴史ある街並みを見渡すことのできるこの街には、「アニメの聖地」を楽しむだけでなく、日本が歩んできた歴史や、時代の変化に揺れる産業の姿も見ることができます。
主役・すずさんが暮らした家のモデルも実在

「広島県呉市・上長之木町」
2016年にアニメ映画化されたマンガ作品『この世界の片隅に』で、主役のすずが暮らした北條家があった場所です。住所自体は架空であるものの、北條家のモデルとなった家は原作者・こうの史代さんのお祖母様のお宅で、先生もかつてここに住まれていたのだとか。
1889(明治22)年に鎮守府(海軍の本拠地)が設置され、軍港四市(呉・横須賀・舞鶴・佐世保)のひとつであった呉市は、工廠(こうしょう。軍需品の工場)が立ち並ぶ「海軍の街」でもありました。
太平洋戦争の終結から七十余年、『この世界の片隅に』作中では終戦前後(昭和19年2月~昭和20年9月)の名残が至るところに見られますが、軍需産業からの転換で呉を支えてきた工場群は、いま時代の波にさらされています。
『この世界の片隅に』の原作や片淵須直監督によるアニメ映画の舞台となった広島県呉市には何があるのでしょうか。作中で描かれた場所、戦前・戦後の名残、そしてこの街の「いま」が見える場所を訪れました。
軍需産業の街から「観光スポット」に
呉に行くには、広島からJR呉線の快速「安芸路ライナー」で約30分。呉駅のバスロータリーには、広島バスセンター発の高速バス「クレアライン」が1時間に4~5本も発着しています。
原作マンガの第2回(昭和19年2月)では、2時間前後だった広島・江波(すずさんの実家)~呉間ですが、いまや鉄道・バスどちらを選んでも1時間少々で到達可能に。呉市は就業人口の9割近くが市内通勤ですが、それでも1万人近くが広島市内の会社に通っているのだとか。
かつては鎮守府の最寄りでもあり、戦後には寝台特急「安芸」がわざわざ乗り入れていたこの駅も、現在はホーム2面・線路は3線とちょっと控えめ。しかしかつては南側に広大な貨物ヤードや、海軍の軍需部・港務部、「上陸場」(戦艦からボートなどで上陸する場所)などがあり、1日に数万人の海兵たちが往来していたそうです。もっとも、戦前のこのエリアは地図でも「白抜き」状態。往時の資料もほとんど残されていません。
戦後の1958(昭和33)年、海岸線に中央桟橋(現在のフェリーターミナル)が開設。しかし貨物ヤードは徐々に使われなくなり、平成初期頃までは草生え放題のままで放棄されていたといいます。
現在は再開発により一帯はオフィス街や商業施設「ゆめタウン呉」、その南側は「海上自衛隊呉資料館(てつのくじら館)」「呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)」に。屋根つきの歩道橋で呉駅と直結し、いまや一大観光スポットと化しています。