マグミクス | manga * anime * game

昔は薬局で覚醒剤が買えた? 『サザエさん』でヒロポンを飲んだのは誰だ

国民的作品『サザエさん』にはいくつもの噂や都市伝説がありますが、そのなかのひとつが「ワカメとタラちゃんがヒロポン(覚醒剤)を飲んでいた」というものです。はたして本当なのでしょうか? どのような背景があったのかも含め、リサーチしました。

「ヒロポン」という直球すぎるタイトルのエピソード

原作マンガ『サザエさん』1巻(朝日新聞出版)
原作マンガ『サザエさん』1巻(朝日新聞出版)

『サザエさん』の原作には、ワカメとタラちゃんが「ヒロポン」、つまり覚醒剤を使用しているエピソードがある……。この噂は、長らくネットを中心に広まっていました。

 この話題が出る時に引用されているコマを見ると、ワカメとタラちゃんと思しき幼児たちが「キャッキャッキャッキャッキャッ」と、大きく口を開けて笑っています。それを見ている坊主頭でメガネの男性が「そーら ゆううつがふっとんだよ」と言い、横で初老の女性が微笑んでいます。そして次のコマになると、初老の男性が「おかァさんや だれかヒロポンのフタをあけてのんだものがいるゾ」と言い、先ほどの初老の女性が「マア」と仰天するという内容です。

 結論からいうと、これは『サザエさん』のエピソードではありません。長谷川町子先生の他作品『似たもの一家』の1エピソードです。『似たもの一家』は「週刊朝日」で連載されたマンガで、作家の伊佐坂難物の一家が主人公として登場します。ヒロポンを飲んだのは、伊佐坂家の隣人・トンダさんの子供、ミヤコとカンイチでした。

「ヒロポン」という直球すぎるタイトルのついたエピソードは、このようなものです。一日だけ伊佐坂家に預けられたミヤコとカンイチでしたが、母が恋しくて泣き続けます。ところが、子供たちは難物の書きもの机の前で泣き止みました。その後、伊佐坂家の長男・じん六が腹踊りをしてみせると、ワンテンポ遅れて子供たちが爆笑しました。そこから「そーら ゆううつが吹き飛んだよ」のコマにつながり、実はヒロポンのせいだったと明かされます。

 話はここで終わりません。トンダさんが迎えに来ても、子供たちは「ア~コリャコリャ」とハイテンションのままです。「はじめてですワ こんなにはしゃいだこと!」と大喜びのトンダさんを、伊佐坂家の人びとは気まずそうに迎えます。帰り道も「エヘヘ エヘエ」と笑いっぱなしの子供たちを、心配そうに見送るのでした。ヒロポンの効果のすさまじさがよく分かるエピソードです。

『似たもの一家』は『サザエさん』が朝日新聞で連載されることになり、長谷川先生が『サザエさん』に集中するために打ち切られました。その後、伊佐坂家はまったく同じ顔と名前で『サザエさん』に登場します。アニメ版にも登場し、磯野家の隣人としておなじみの顔になりました。『似たもの一家』は『サザエさんうちあけ話 似たもの一家』(朝日文庫)で全話読むことができます。

『似たもの一家』の連載が始まったのは、1949年です(『サザエさん』は46年スタート)。当時、ヒロポンは疲労回復や眠気解消に効果がある、「除倦覚醒剤」として販売されていました。

 ヒロポンとは大日本製薬(現・住友ファーマ)による商品名で、ほかにも参天堂(現・参天製薬)のホスピタン、小野薬品工業のネオパンプロンなどの商品があります。ちなみにヒロポンという商品名は「疲労がポンと取れるから」ではなく、ギリシャ語の「Philo(好む)」と「Ponos(労働)」を組み合わせたものだそうです。

 戦時中、ヒロポンは軍隊や軍需工場で働く人たちに広く配布されていました。特に夜間飛行を行うパイロットや前線の兵士、軍需工場で夜を徹して働く学生たちに配布されていたそうです。ところが、敗戦で軍という大口納入先を失ってしまい、広く市中に出回るようになります。全国の薬局では無制限にヒロポンが販売されていたため、すぐさま中毒患者が発生して社会問題となりました。

 そして、1951年に覚醒剤取締法が施行され、ヒロポンの販売が中止になったのです(西川伸一「戦後直後の覚せい剤蔓延から覚せい剤取締法制定に至る政策形成過程の実証研究」『明治大学社会科学研究所紀要』より)。

【画像】表紙で注射を? 戦後のヒロポン事情がわかるマンガたち

画像ギャラリー

1 2