50案近くボツ? ジブリの名コピーを生み続けた糸井重里の知られざる苦労
日本を代表するコピーライター・糸井重里さんは、さまざまなジブリ映画のキャッチコピーを生みだした人物としても知られています。しかし華々しい活躍の裏には、知られざるドラマが隠されていました。
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糸井重里さんといえば、数々の商品や作品をヒットに導いた、名コピーライターとして知られる人物です。その代表作にはスタジオジブリのアニメ作品が多数含まれていますが、すべてが順調にいったわけではなく、並々ならぬ苦労がありました。今回は名キャッチコピーの裏に隠された、知られざるドラマをご紹介します。
1997年に宮崎駿監督の『もののけ姫』が公開された際、糸井さんは「生きろ。」というキャッチコピーを考案しました。短い言葉で作品のテーマを力強く伝える名文ですが、実はこのひとことのためにかなりの苦戦を強いられたといいます。
同作のキャッチコピーについてやりとりが開始されたのは、1995年3月21日のことです。プロデューサーの鈴木敏夫さんが『もののけ姫』の中盤までの展開を糸井さんに伝え、制作が始まりました。
そこで糸井さんが考えた初期案は、「おそろしいか。愛しいか。」「おまえには、オレがいる。」「惚れたぞ。」「ひたむきとけなげのスペクタクル。」などなど……。世間一般に知られている『もののけ姫』のイメージとは、だいぶかけ離れたものばかりです。
糸井さんがキャッチコピーを考えていた時、まだ『もののけ姫』は制作の途中でした。さらに鈴木さんも映画の結末までは伝えていなかったため、映画とストーリーが全く異なる絵本版『もののけ姫』を参考にしながら、コピー作りに着手していたのです。案の定、キャッチコピーの初期案はことごとくボツにされました。
そして制作開始から4カ月後の7月1日、ついに「生きろ。」が案のひとつに浮上します。鈴木さんや宮崎監督からも太鼓判を押され、7月7日にとうとう正式なキャッチコピーとして採用されることに決まりました。
上記のような糸井さんの4カ月にわたる戦いは、ドキュメンタリー作品『「もののけ姫」はこうして生まれた。』のなかで紹介されています。鈴木さんは同作のなかで「(糸井さんは)いつもは1本で終わるのに今回は50本くらい作ってきた」と発言しており、かなりの苦闘だったようです。
当時宮崎監督たちと交わしたFAXのやりとりは2016年に六本木ヒルズで開催された『ジブリの大博覧会』で展示されたこともあり、SNSで来場者の感想と思われる「『惚れたぞ。』とか『ハッピー?』とか、糸井さんの迷走ぶりが見れて面白かった」「天才でも考えすぎて迷走するんだな。『惚れたぞ。』はさすがに笑っちゃう」「逆にたくさんのボツ案があったからこそ、『生きろ。』がいかに飛びぬけたコピーだったかがわかる。これ以上、他にはない言葉」といった声が上がっていました。