『SPY×FAMILY』WIT STUDIOが「縦読みマンガ」事業進出はナゼ? 「アニメ制作」との意外な共通点
Webtoonと「マンガの神様」との意外な共通点
同じデジタルマンガでも、縦読みマンガである「Webtoon」ではなく、従来の横読みマンガという選択肢もあったはずです。Webtoonを選んだ理由として中武さんは「日本では未開拓な分野でありアニメスタジオが参入する余地が大きいこと」「アニメの制作に類似したところがあり自社の制作手法を活かせること」の2点を挙げます。
たしかに日本では右開きかつモノクロのコママンガのほうが馴染み深い読者が多く、縦読みフルカラーの Webtoon のほうが競合は少ないため、新規参入のハードルは低そうです。
一方で「アニメの制作に似たところがある」とはどういうことなのでしょうか。
『エスティ』のプロデュースを担当する田村大輝さんは「Webtoon について調べる過程でマンガ家の方から教わったことなのですが」と断りつつ、「Webtoon は今のマンガ表現の原点とも言われる、ある作品と表現様式が似ているんです」と説明します。
田村さんが挙げた作品とは、マンガの神様と呼ばれる手塚治虫さんの長編デビュー作として1947年に発表された『新宝島』(原案構成:酒井七馬、作画:手塚治虫、発表時タイトルは『新寳島』)です。同作は当時ベストセラーとなり、スピーディーな展開や映画的な表現手法などさまざまな点で現在のマンガ表現に影響を与えたとされています。
「『新宝島』ではコマの幅が均一かつ進行方向が上から下へと一定で、実際に読んでみると映像が流れていく感覚に非常に近い。今のマンガはコマの進行方向や大きさが複雑になっていますが、Webtoon は今のマンガの原点である『新宝島』に近い表現様式なんです」
映像を静止画で再現したのが『新宝島』や Webtoon のスタイルであるならば、アニメという映像作品のエキスパートである WIT STUDIO の手腕は、現在のマンガよりも Webtoon の方でこそ活かせる、というわけです。
●Webtoon とアニメの制作、類似点とアレンジした点
Webtoon の制作工程は、アニメーション制作とどの程度共通しているのでしょうか。
『エスティ』のクリエイティブプロデュースを担当する佐藤慧介さんによれば、同作ではFUZIによる脚本を元にネーム(コマ割りやセリフなどを描いたマンガの下描き)を作成し、そこから線画、彩色の作業に進むのだと言います。
ネームを絵コンテ(動画の構成や演出が書かれた設計図)、線画を原画や動画などに置き換えて考えれば、その「分業体制」はアニメの制作工程と似ています。
「アニメ制作と同様に工程を細かく分けました。最初のラフ画はキャラクターデザインなどメインスタッフが手掛け、清書をお願いし、その後に再びキャラクターデザインの方にキャラクターの表情などに修正を加えていただきました。この流れもアニメの作画監督制に似ています」
また、集団作業をスムーズにするためにイメージボードやキャラクター設定、背景設定等も事前に準備していると言います。この点もマンガよりむしろアニメの制作に近しいでしょう。アニメの分業による制作ノウハウをそのまま Webtoon 作りに活かしている印象です。
一方で、アニメと異なる工程もあります。
「色の付け方については工夫が必要でした」
佐藤さんによれば、アニメの着彩の場合、特殊なソフトウェアを使い線画に色を塗る工程(仕上げ)を経て、さらに質感などを足す処理工程(撮影)という二段階の作業ステップがあると言います。これを Webtoonの制作で再現しようとした場合、使用するソフトウェアを制限してしまうため作業者が限定されてしまい、さらに工程を2ステップ分用意する必要もあるため、コストやスケジュール面での負荷が大きいことが分かったのだと言います。
そのため『エスティ』では、ネームを設計したスタッフが色彩設計も兼任し、その方針に準じて着彩担当がさまざまなソフトウェアを用いて一括して色を付けるという形が採られました。
「これによって、ある程度クオリティラインを維持しながらアニメ的な塗りとは異なる色表現ができるようになりました。アニメのやり方に完全に寄せてしまうと発展性がありませんから、意図的にイラストレーターの方々に入ってもらうようにした、という面もあります」
単に効率を求めた結果アニメと同じ制作工程になったのではなく、新たな作品作りを目指したいという思いを前提に制作方法も試行錯誤していることが伺えます。
●Webtoon作りは「伸びしろしか感じない」
Webtoon の可能性について、田村さんは「演出面ではまだまだできるな、と感じます」と答えます。工夫した箇所が逆に見づらくなっていたり、伝えたいことが伝わっていなかったりなど、さまざまなフィードバックを受ける中で課題が見つかり、それに対する解決策も次々と生まれているのだと言います。
「“面白い”には正解がなく無限大で、『伸びしろしかない』というのが正直なところです」(田村さん)
『エスティ』の魅力について、佐藤さんは「魔法学園やSFガジェット的なものが好きな方には特に楽しんでいただける作品になっていると思います。エピソードを重ねるごとに作り手側も Webtoon の表現に慣れてきて、自信のある回連発になっています。キャラクターたちの掛け合いも含めて、ぜひ応援していただけたらと思います」とファンに訴えます。
なお、Webtoon への挑戦は『エスティ』だけで終わりではなく、続く作品を既に複数準備中とのこと。
「『週刊少年ジャンプ』でもそうですが、たくさんの作品や作家さんが連載をすることでその中からヒット作が生まれてきますよね。ですから作品をたくさん作り続けることがまず大切だと考えています」(中武さん)