『うる星やつら』の奇作「そして誰もいなくなったっちゃ!?」 オチが「弱い」理由は?
アニメ『うる星やつら』(昭和版)で放送され、奇作として人気が高い「そして誰もいなくなったっちゃ!?」を憶えていますか? 笑いなしの完全ミステリー、その結末は?
ラムも面堂もメガネもみんな殺された
2023年7月14日、関東ローカルのTOKYO MX TVで昭和版アニメ『うる星やつら』の「そして誰もいなくなったっちゃ!?」の再放送がありました。SNSでは、オールドファンからから「あのトラウマが蘇る」「大人になって見ると凄さが理解できる」、初めて見た人からは「伝説といわれる理由が分かった」「なんだこのクオリティ」、などと称賛の声が飛びかいました。
40年前の1983年7月6日、第98話「そして誰もいなくなったっちゃ!?」は放送されました。毎度のドタバタ劇どころか、笑いはありません。しかも、ラムをはじめとするキャラクターが次々に殺される衝撃の展開で視聴者は混乱します。当時は「名作か愚作か」と論争になるほどでした。
そこで、どんなエピソードだったのか、全容を振り返ります。ネタバレ注意です。
「そして誰もいなくなったっちゃ!?」では、あたるやラムをはじめとする、おなじみのメンバー11人が差出人不明の招待状を手に孤島へ行き、大きな屋敷で1週間過ごすことになります。食堂で流れてきたオルゴールの曲は、マザー・グース(イギリスの童謡や歌謡の総称)の「Who killed Cook Robin(誰が駒鳥を殺したか)」でした。
一夜明けると悲劇が……。錯乱坊が食べ物を口いっぱいに頬張ったまま、死んでいました。手には弓矢が握られていました。そのあと地下室で、白目をむいたメガネ、スコップを手に死んでいる角刈り、角刈りから流れる血を皿で受け取るパーマ、首に太い針が刺さったチビが、それぞれ死んでいるのが発見されます。温泉マークが気付きました。
「これはマザー・グースのクックロビンに見立てた殺人事件だ」
「誰が駒鳥を殺したか」の歌詞と照らし合わせてみましょう。
「誰が駒鳥を殺したか? それは私とスズメが言った。弓と矢で私が殺した」は錯乱坊、「誰が駒鳥死ぬのを見たか? それは私とハエが言った。小さな目玉で私が見ていた」はメガネ、「誰が墓穴掘るだろう? それは私とフクロウ言った。ピックとシャベルで私が掘ろう」は角刈り、「誰がその血を受けたのか? それは私と魚が言った。小さな皿で私が受けた」はパーマ、「誰が経帷子(きょうかたびら)を作るのか? それは私とカブトムシ。針と糸とで私が作ろう」は、チビの死に方に当たります。
そして、翌日、さくらが大木に張りつけにされて死んでいました。木の下には聖書が……「誰が牧師を務めるか? それは私とカラスが言った。小さな聖書で私がなろう」。
さらに、岸壁には体に松明を巻かれた面堂の死体(「誰が松明持つだろう? それは私と紅雀。すぐに戻って取り出そう」)、棺のそばにはしのぶ(「誰が棺を担ぐのか? それは私とトビが言う。夜でないなら私が担ごう」)が死んでいました。
残り3人。
天井から漏れてくる水を不審に思い、あたるが屋敷の2階へ駆け上がると、身体を布で覆われたラムがバスタブで死んでいました……「誰が覆いを捧げ持つ? それは私とミソサザイ。夫婦で一緒に持ちましょう」。ついに、ラムまで犠牲になってしまいます。
その後、ベッドに寝かせたラムのそばで眠っていたあたるは、一発の銃声で目覚めます。温泉マークが胸から血を流して死んでいました。足下には数本の木の枝がありました。「誰が賛美歌を歌うのか? それは私とツグミが言った。小枝の上のツグミが言った」。
最後に残ったあたる。崖にそびえ建つ塔から何者かが鳴らす鐘の音が響きます(「誰が鐘を鳴らすのか? それは私と雄牛が言った。なぜなら私は力持ち、私が鳴らしてあげましょう」)。
あたるが怒りに震えながら塔の最上階まで登ると、目の前に人の後ろ姿が。銃を構えるあたるは、「おまえが犯人か! 俺も殺すつもりならそれもよかろう! だがひとりでは死なん、お前に地獄までの道案内をしてもらう!」と叫びます。すると男は、冷静な口調で「……殺しはしない。だって……」。
ゆっくりと振り向いたその人物は、なんとあたるでした。もうひとりの自分を見たあたるは、「あ”~~~!!」と発狂。数日後、廃人のような姿で救助隊に発見されるのでした。