『ゴジラ-1.0』で報われた? 1947年残存の「艦艇・戦闘機」の役割と「史実での運命」とは
2023年11月3日に公開され、3日間で興行収入10億越えの大ヒットスタートを切った『ゴジラ-1.0』は、内容も幅広い層に評価され、話題を呼んでいます。そんな同作は戦後間もない日本にゴジラが出現するというコンセプトで、作中には1947年当時の「旧日本軍の残存兵器」が登場しました。
伝説の零戦も登場?
2023年11月3日より公開され、大ヒット上映中の『ゴジラ-1.0』は、初代『ゴジラ』の時代設定1954年よりもさらに前、1947年の日本にゴジラが現れるという内容の作品です。旧日本軍の解体が進み、まだ自衛隊もできていない時代を背景に、作中では「旧日本軍の生き残りの兵器」が使用され、その史実とは異なる歩みがネット上でも話題を呼んでいます。
この記事ではそのなかでも特に注目したい、3つの兵器有名戦闘機、艦艇に着目し、史実との違いを説明します。
※なるべくネタバレは避けた記述をしますが、『ゴジラ-1.0』の内容に触れております。
『ゴジラ-1.0』では1947年までの物語が描かれていました。史実では1945年8月15日に日本は戦闘を停止し、同年9月2日、降伏文書に署名します。この時点で日本帝国陸海軍は武装解除され、その艦艇や航空機、戦車などの兵器は処分されることになります。
占領された日本の安全保障は、本来は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の責任ですが、作中では謎の超巨大水中生物「ゴジラ」駆除が「日本の安全保障諸機関」に委ねられました。そして、他国への譲渡や解体処分などを待つばかりだった旧軍の艦艇や戦闘機などに、再び任務が与えられます。
1947年、核実験の影響で巨大化したゴジラが日本近海に姿を表した際、主人公の敷島(演:神木隆之介)たちが機銃と海で回収した機雷で応戦し時間を稼ぎますが、そうしたなか最初に現場へ駆けつけたのは重巡洋艦「高雄」でした。
史実での高雄型は、夜戦を行う水雷戦隊の指揮や支援を目的として設計され、旗艦設備を備えた大きな艦橋が特徴でした。艦内が広くなり居住性が向上して用兵側では好評でしたが、城郭のような艦橋が目立ちすぎるともいわれました。
同型艦には「高雄」のほか「愛宕」「摩耶」「鳥海」があり、1932年に揃って竣工し第二艦隊第四戦隊に配属されます。昭和天皇御召艦の供奉(ぐぶ)艦(御召艦のすぐ後ろでお供をつとめる艦艇)を何度も務めるなど、日本海軍巡洋艦の花形でもありました。
1941年12月8日の開戦時には、第四戦隊はフィリピン、ルソン島のリンガエン湾上陸作戦の支援にあたり、これを初陣に多くの海戦に参加します。しかし、1944年10月のレイテ沖海戦で第四戦隊はアメリカ潜水艦の攻撃を受け、「高雄」は大破、「愛宕」「摩耶」は撃沈、「鳥海」は航行不能になったのち雷撃処分となってしまいました。1隻だけ残った「高雄」は同年11月にシンガポールへ入って修理を受けます。
1945年になると本土への帰還も叶わなくなり、「高雄」はシンガポール防衛に当たりました。そして、終戦でイギリス海軍に接収され、1946年10月27日に海没処分となります。
史実通りなら、ゴジラ駆除対応には参加できなかったことになりますが、作中では「高雄」が再武装し、シンガポールから駆け付けました。作中ではゴジラ出現のために、米軍が自沈処理を延期して修理までしたことが語られています。山崎貴監督はパンフレットのインタビューでも「高雄」を特に描きたかったことを語っており、少し嘘をついてでも登場させたことを述べています。
その後、物語後半のとある「対ゴジラ作戦」の主力となったのが、駆逐艦「雪風」です。史実では、日本海軍必殺の秘密兵器である酸素魚雷「九三式魚雷」を実装する、陽炎型駆逐艦の8番艦として、1940年1月20日に竣工しました。
「雪風」は戦中から幸運艦として有名です。1941年12月11日にフィリピン中部のレガスピー攻略戦に参加したことを皮切りに、謎の多い空母「信濃」の護衛や、戦艦「大和」の沖縄特攻まで重要な作戦に16回以上出撃しています。そして一度も大きな損傷を受けることなく終戦を迎えました。甲型駆逐艦(陽炎型、夕雲型)38隻のなかで唯一の生き残りです。
元海軍少尉で、作家の阿川弘之氏は『雪風』について、訓練がよく行き届いた艦であり、幸運艦といっても「キューピットの気まぐれによるものというよりは、自ら助くるものを助くといった筋の通ったものの様だ」と評しました。
終戦後は、戦後賠償として1947年7月6日、中華民国に引き渡されて「丹陽(タンヤン)」と改名されますが、引き渡される際も非常によく整備され、受領した中華民国軍幹部を感嘆させたそうです。「雪風」の個性は敗戦後も健在でした。映画内では日本のためにもうひと暴れ、といった働きを見せており、反響を呼んでいます。
そして、「対ゴジラ作戦」を上空支援したのが前翼型というユニークな形状で異彩を放った戦闘機「震電」です。初飛行は1945年8月3日、福岡市内の陸軍席田(むしろだ)飛行場(板付飛行場、現福岡空港)で、実機の飛行回数は6日、8日と合わせて3回のみでした。
この飛行場は市街地と隣接しており、関係者が「極秘兵器の試験をあんなところでやるなんて迂闊すぎる」と嘆いたとか。上空を飛ぶ異形の機体はかなり目立ったようです。
太平洋戦争末期、B-29に悩まされた日本軍はさまざまな迎撃機を開発しますが、前翼型というのはイノベーションでした。特徴は、それまで日本戦闘機がこだわってきた格闘戦能力をキッパリと切り捨てたことです。B-29迎撃に特化し、強力な30mm機関砲4門で一撃離脱を目指していました。
高空を高速で飛び護衛戦闘機も付くB-29に、格闘戦を挑むことなど非現実的でした。その意味では、低空で旋回飛行を繰り返すことが必要なゴジラ駆除に「震電」が適切な機材であったかは疑問です。
作中では、終戦のどさくさで1機だけ完成していた試作機が忘れ去られており、たまたま使える機材が「震電」だったとされています。しかし、実際には忘れられるどころかアメリカ軍の興味を引くには十分だったようで、1945年10月には研究のために未完成機も接収されてアメリカ本土に運ばれており、作中でゴジラが上陸した1947年には、日本にはありませんでした。2023年現在は分解状態でアメリカにて保存されています。
『ゴジラ-1.0』では史実改変はありつつも、「1947年の日本の残存戦力でゴジラ相手に戦うにはどうすればいいか」という工夫が凝らされ、ミリタリーファンも興奮する幻の兵器まで登場し「日本を守る」という一点の目標で雄姿を見せています。
今回紹介したもの以外にも、駆逐艦「夕風」「響」「欅」なども登場するため、どのように戦い、どんな顛末を迎えるのか、ぜひ劇場でご確認ください。
※一部修正しました(11月20日11時00分)
(マグミクス編集部)