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ファンの意見分かれた『ダイターン3』の最終回 「主人公は生きている」「いや死んだ」富野監督の意図は?

1978年に放送開始された『無敵鋼人ダイターン3』の最終回は、ファンの間でさまざまな憶測が飛び交いました。果たして富野監督の意図は…?

議論巻き起こした傑作最終回

『無敵鋼人ダイターン3』 (C)創通・サンライズ
『無敵鋼人ダイターン3』 (C)創通・サンライズ

 今では多くの方がご存じの1979年に放送が開始された『機動戦士ガンダム』。この『ガンダム』を世に送り出したのが、現在では「バンダイナムコフィルムワークス」、当時は「日本サンライズ」です。さらに『ガンダム』の前に日本サンライズが制作し、今もアニメファンの間で話題にあがるのが、いずれも『ガンダム』の富野由悠季監督作品、1977年『無敵超人ザンボット3』、1978年『無敵鋼人ダイターン3』です。

 大富豪の青年「破嵐万丈」がふたりの美人アシスタント、腕白な少年、超有能な執事とともに、合体変形巨大スーパーロボットを駆って、火星から攻め寄せるメガノイドと戦う物語です。

 もともと巨大ロボットの世界にスパイ映画『007』のようなアクションヒーロー像をという意図で企画された主人公、破嵐万丈。この大胆不敵で魅力あふれるキャラクター設定と、後に『ガンダム』のシリーズ構成を手がける脚本家、星山博之さんや松崎健一さん等のハジケた敵アイデアは、カッコイイロボットアクションだけでなく、時としてスラップスティックギャグの画面を作り出し、ちょっとおしゃれで斬新な作風とともに、大人にも人気の番組となりました。

 しかし、万丈の裏に隠されたメガノイドとの因縁を匂わせる演出は、単なる「スーパーロボットもの」では終わらない作品とも評されています。

 特に、その最終回は、敵との激しい戦いの後、万丈がどうなったのかがはっきりとは描かれておらず、今もファンの間でさまざまな解釈がなされています。特に、仲間全員が去った万丈邸の角の一部屋だけに灯りがついているように見えるラストカット。これが、ファンの間でさまざまな憶測を呼ぶのです。

「あそこには万丈がいるんだ」
「いや、帰ってきた時のことを考えてギャリソンが点けておいたのだ」
「窓の向こうの夕日が透けてるだけだろう」

 放送当時から視聴者なら誰もが気になる最後の画面。実はこの件について、私はたまたま富野監督に社内試写のあとに尋ねていました。

「あれって、部屋の奥の窓からの夕日が透けてるんでしょ?」
「そうよ」
「灯りが点いてるようにも見えるのはワザと?」
「そう。それでいいの」
 ニヤリと笑って、監督はそう答えました。

 やっぱり!と思われたあなた。 でも、ちょっと待ってください。

 監督の「それでいいの」と言う言葉と笑みには「視聴者が好きに解釈、想像してくれるといいな」と言う意味が含まれているのです。

 万丈は生きているのか死んだのか、帰ってきたのか来ていないのか……。

 彼が複雑な表情でつぶやいた最後の一言「僕は嫌だ」。この言葉とともに、万丈邸の「明かり」の意味を自由に推測する。それが富野監督が仕掛けた『ダイターン』の正しい楽しみ方ではないのでしょうか。

(風間洋(河原よしえ))

【著者プロフィール】
風間洋(河原よしえ)
1975年よりアニメ制作会社サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の『勇者ライディーン』(東北新社)制作スタジオに学生バイトで所属。卒業後、正規スタッフとして『無敵超人ザンボット3』等の設定助手、『最強ロボ ダイオージャ』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『巨神ゴーグ』等の文芸設定制作、『重戦機エルガイム』では「河原よしえ」名で脚本参加。『機甲戦記ドラグナー』『魔神英雄伝ワタル』『鎧伝 サムライトルーパー』等々の企画開発等に携わる。1989年より著述家として独立。同社作品のノベライズ、オリジナル小説、脚本、ムック関係やコラム等も手掛けている。

※本文の一部を修正しました。(2024.2.7 15:00)

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