『アンパンマン』なぜ「アンパンマン」は「ばいきんまん」にその顔を与えないのか
アンパンマンとばいきんまんに見る「正義」のあり方
そのばいきんまんは、「単なる不条理な悪者」ではありません。自分を善人と信じる「プリンちゃん」や「エクレアさん」には、何のかんの言って攻撃できませんし、「あかちゃんまん」が赤ちゃんとして無力化されているときに攻撃したりもしません。
「いくらどんちゃん」のように、ばいきんまんに対して敵意もなく、喜んで食べ物を作ってくれる人に対しても、何も悪いことはしません。女の子の涙にはもらい泣きをし、紳士に振舞うことも多いです。何度アンパンマンに負けても立ち向かう、強い意志と実力を持っていますが、一緒に暮らす「ドキンちゃん」の度重なるワガママを力で支配して、言うことを聞かせるようなことは考えたりしないのです。
最大の敵であるアンパンマンに対しても「受けた借りは返す」という性格をしています。VAPからリリースされているDVD「それいけ!アンパンマン ぴかぴかコレクション アンパンマンとドキンちゃん」に収録されたエピソード「アンパンマンとイタイノトンデケダケ」では、ばいきんまんは溺れたところをアンパンマンに助けられます。それによりアンパンマンは気絶してしまうものの、ばいきんまんはこれに対し攻撃するようなことはしませんでした。それどころか、アンパンマンの探していた「イタイノトンデケダケ」を見つけてきて、その元に置いていくのです。アンパンマンのお礼の言葉を隠れて聞いていたばいきんまんは、「礼を言われたくてやったんじゃないやい、バーロー」と照れながら口にしていました。
またDVD「それいけ!アンパンマン ぴかぴかコレクション アンパンマンと鉄火のマキちゃん」収録のエピソード「アンパンマンととぶ木馬」でも、「ばいきんまんが作った飛ぶ木馬によってピンチになったドキンちゃんを助けるには、アンパンマンに新しい顔を渡すしかない」という状況で、ばいきんまんは「ジャムおじさん」から新しい顔を受け取り、ドキンちゃんと顔が濡れて弱っていたアンパンマンを助けています。
ばいきんまんとは、ワガママで横暴ですが、そういう善性も持っているキャラクターですので、「話せばわかる」可能性があります。実際、アンパンマンもばいきんまんが全く悪意を持っていないのが明白な時は、戦闘にならずに笑顔で終わらせることもあります。
ですから、筆者が子供に付き合って、数百話観た上で思いますが、アンパンマンが「ばいきんまん、君が理由もなく暴れるなんて考えられない。訳を話して。僕たちにできることがあれば力になるよ」と言えば、戦わずして解決する話も結構あると感じられます。
アンパンマンはなぜそうしないのでしょうか。それは観る人に「飢えること」と「正義」について考えてもらいたいというテーマがあるからではないでしょうか。
本来、善人な部分を持つばいきんまんでも、飢えれば悪事をするし、心優しい正義の味方であるアンパンマンでも、悪事の理由を聞かずに、ばいきんまんをやっつけてしまうことがある、その「人間が陥りがちな、普遍的な不条理」を描いているのではないかと思えるのです(元々、青年向けの社会風刺としてスタートした作品ですので)。
「正義の拳を振るって、無条件でやっつけてもいいと思えるばいきんまんが相手でも、貴方は立ち止まって事情を考えてほしい」ということです。
ちなみに、私の息子は保育園に通っていた頃、「ばいきんまんが悪いことをするのは、最初から誰もばいきんまんの言い分を聞かないからじゃないの」と言っていましたので、そのように感じ取る子供もいるように思います。
『それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン』:
(C)やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV
(C)やなせたかし/アンパンマン製作委員会2024
(安藤昌季)