マグミクス | manga * anime * game

『ドラクエ』海外進出は苦戦の連続だった? 名作『5』と『6』は展開中止も

国民的RPGとして名高い「ドラゴンクエスト」は、2024年5月27日で38周年を迎えます。日本での人気はいわずもがなですが、海外市場ではどのように扱われているのでしょうか。ファミコン時代のセールスを踏まえ、「ドラクエ」の海外展開を振り返ります。

38周年「ドラクエ」の海外人気とは?

1986年5月27日発売『ドラゴンクエスト』 画像はNintendo Switch版(スクウェア・エニックス)
1986年5月27日発売『ドラゴンクエスト』 画像はNintendo Switch版(スクウェア・エニックス)

「今、新しい伝説が生まれようとしている」

 このキャッチコピーは、ファミリーコンピュータ用ソフト『ドラゴンクエスト』(以下、ドラクエ1)の販促CMで使われた、当時のキャッチコピーです。

 1986年5月27日リリースの『ドラクエ1』に端を発する「ドラゴンクエスト」といえば、いまや「国民的RPG」と呼ばれるほどの地位を確立しているといっても過言ではないでしょう。ファミコン世代にとっては王道中の王道タイトルであり、『ドラクエ1』の発売日がそのまま「ドラクエの日」として日本記念日協会に登録されていることからも、国内における知名度の高さがうかがえます。

 しかし、その一方で「海外での『ドラクエ』人気」についてご存じの方は、意外と多くないのではないでしょうか。今回は同シリーズの38周年に合わせて、海外のビデオゲーム市場における「ドラクエ」のシリーズ展開を振り返ります。

「ドラクエ」が産声を上げた1980年代の中頃、国内のビデオゲーム市場において、RPGは現在ほどなじみあるジャンルとは必ずしもいえませんでした。海外では1980年代のはじめに『ウィザードリィ』や『ウルティマ』などの不朽の名作が登場したものの、日本のファミコンユーザーの間では、RPGが一般的な人気を獲得するに至ってなかったのです。

 そこに現れたのが、エニックス(現:スクウェア・エニックス)が世に送り出した『ドラクエ1』でした。海外のRPG作品を熱心に遊び、その可能性に心を惹かれた「ドラクエ生みの親」こと堀井雄二氏は、「何とかして日本のユーザーにもRPGを楽しんでもらいたい」という一心のもと、試行錯誤を重ねて『ドラクエ1』を制作しました。

 敷居の高さを払拭(ふっしょく)し、それでいてRPGが持つ魅力を損なうことなくユーザーへ伝えたい。そう考えた堀井氏は、システム面からストーリーに至るまで、ファミコンで遊ぶ人びとのことを考えながら丁寧にチューニングを施しました。この仕様が、後に「ドラクエ」シリーズを形作る礎(いしずえ)となったのです。

初代『ドラゴンクエスト』のプレイ画面
初代『ドラゴンクエスト』のプレイ画面

 1986年5月に誕生した「ドラクエ」シリーズは『ドラクエ1』を皮切りとし、作品を重ねるごとに国内のビデオゲーム市場において数多の注目を集めます。「ロト」シリーズ三部作の最終編として作られた『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』は、各種メディアで連日取り上げられるほどの大ヒットを記録。以降「ドラクエ」シリーズはハードを移しても売れ続け、ミリオンセラー作品の常連として影響力を発揮します。

 では、国内で大成功を収めた「ドラクエ」シリーズは、1980年代の頃から海外でも好調なセールスを記録していたのでしょうか。答えは「NO」で、お世辞にも成功したとはいえない状況だったのです。

【画像】えぇ…横顔に「時代」を感じる これが最新グラフィックの「ロト3部作」ビジュアルです(6枚)

画像ギャラリー

1 2 3