鬼を滅さないのになぜ? バトル少ない「柱稽古編」が高評価なワケ
『鬼滅の刃』の魅力はバトルだけではありません。「柱稽古編」ではほとんど戦闘シーンがないにもかかわらず、ファンから高い評価を得ています。その理由はいったいどこにあるのでしょうか?
柱や一般隊士をじっくり描く「柱稽古編」
これまで死闘に次ぐ死闘を繰り広げてきた『鬼滅の刃』ですが、現在放送中の「柱稽古編」には、今のところ1話冒頭のアニメオリジナル展開を除いてバトルがありません。それにもかかわらず、なぜファンからは非常に好評なのでしょうか。
●クライマックスに向けた溜めのパート
これまでのアニメ『鬼滅の刃』はダイナミックなストーリー展開とバトルの割合がちょうど良く、まるで自転車の両輪のように機能していました。「立志編」「遊郭編」「刀鍛冶の里編」では倒すべき鬼との決戦に向けて大いに盛り上がり、ファンはドキドキしながら毎週の放送を楽しみにしていたことでしょう。また最初から最後までバトル満載だった映画「無限列車編」が、国内興行収益400億円を突破する大ヒットになったのも納得できます。
しかし原作マンガの15巻の第128話「ご教示願う」から16巻の第136話「動く」が該当する「柱稽古編」には一切バトルがありません。わずか9話の間に炭治郎たちが各「柱」をめぐって訓練を受けるだけで、ストーリーも動かないのです。作品全体から俯瞰すると「柱稽古編」は、残った上限の鬼や無惨とのラストバトルに向けた「溜め」のパートといえます。
●キャラクターを深堀りする「柱稽古編」
アニメでは最終決戦に向けて、「柱稽古編」を各柱たちのパーソナリティや関係性を深堀りするパートに位置づけているようです。設定上は「相性が良い」とされる「風柱」の「不死川実弥」と「蛇柱」の「伊黒小芭内」による共闘や手合わせが追加され、さらに「霞柱」の「時透無一郎」も鍛錬に加わりました。このときに彼らがいったいどんな会話を交わしているのかは、非常に気になるところです。
また深掘りされているのは柱だけではありません。原作では上位の鬼との戦いでなぎ払われるだけだった一般隊士たちの描写も追加されており、彼らにも故郷や目指すものがあるのだと改めて気付かされた人も多いでしょう。
これらはアニメオリジナル展開ですが、原作との整合性が取れているためキャラクター理解が深まります。思い入れがあるキャラクターたちが死力を尽くすからこそ、最終決戦が緊迫感あふれるものになるのです。
鬼との死闘やストーリーに魅力を感じていた人にとっては停滞しているように見える「柱稽古編」ですが、来たるべき最終決戦に向けてファンなら知りたかったシーン、見てみたかったシーンを描いているからこそ、バトルがなくても好評なのでしょう。
※記事の一部を修正しました(2024年6月10日12:23)
(レトロ@長谷部 耕平)