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あの名曲に原曲があった! ニール・セダカが『Zガンダム』に曲を提供した理由とは?

80年代アニメソングの名曲として今も愛される『Zガンダム』の主題歌は、海外の超有名ミュージシャンとの異色のコラボによるものでした。なぜそのようなコラボが実現したのでしょうか。

80年代アニメソングの大きな潮流とは?

「星空のBelieve」「銀色ドレス」も収めるCDシングル「Z・刻を越えて/水の星へ愛をこめて」鮎川麻弥/森口博子(キングレコード) (C)創通・サンライズ
「星空のBelieve」「銀色ドレス」も収めるCDシングル「Z・刻を越えて/水の星へ愛をこめて」鮎川麻弥/森口博子(キングレコード) (C)創通・サンライズ

 2018年にNHKが実施した一般投票企画「全ガンダム大投票40th」の「ガンダムソングの部」で第1位に輝いたのは、『機動戦士Zガンダム』(1985年)のオープニング曲だった森口博子さんによる「水の星へ愛をこめて」でした。同じく『Zガンダム』オープニング曲である、鮎川麻弥さんが歌唱した「Z・刻をこえて」は第9位、ランク外でしたが鮎川麻弥さんによるエンディング曲の「星空のBelieve」も高い人気を誇っています。

 これら3つの曲には、ある共通点があります。それはニール・セダカ氏が作曲した曲ということです。「Z・刻を超えて」と「星空のBelieve」には、それぞれ原曲もあります。

 ニール・セダカ氏は、1950年代末から1960年代にかけて大流行したした、アメリカのシンガーソングライターです。「カレンダー・ガール」「悲しき16才」「恋の片道切符」などの曲は日本でも大ヒットを記録したので、現在60歳以上の人なら必ず一度は耳にしたことがあるでしょう。

 そのようなニール・セダカ氏が、80年代の日本のアニメに曲を提供することになったのには理由がありました。『Zガンダム』の富野由悠季監督がニール・セダカ氏のファンだったのは間違いないでしょう。しかし、それだけではこのようなコラボレーションは実現しません。そこにはアニメソングをめぐる大きな潮流が関係していました。

 富野監督は、アニメの主題歌を担当するのが童謡や唱歌を手がけていた「学芸部」であることに、かねてから不満を抱いていました。もっとポップスのような曲をアニメの主題歌にしたいという思いをずっと持っていたのです。

 そうしたなか、1981年から1982年にかけ公開された劇場版『機動戦士ガンダム』3部作が大ヒットとなり、元ブルー・コメッツでポップスのヒット曲を数多く手がけた井上大輔さんの作曲によるテーマソング「哀 戦士」と「めぐりあい」もヒットします。こうして、富野監督の思惑が実現する機運が高まっていきました。

 この頃から各レコード会社は、「アニメとポピュラー音楽の組み合わせ」がヒットを生むことに気づくようになり、ポップスの世界で活躍する作詞家、作曲家にアニメソングを発注するようになります。富野監督の『戦闘メカ ザブングル』(1982年)ではポップス界で活躍していた作曲家の馬飼野康二さん、『重戦機エルガイム』(1984年)では中森明菜さんやチェッカーズを手がける売れっ子作詞家の売野雅勇さんと、日本を代表するポップスの作曲家である筒美京平さんが主題歌を担当しました。

そして『機動戦士Zガンダム』の制作に入った富野監督は、主題歌の作曲家に「インターナショナルな人」を要望し、自身もファンだったニール・セダカ氏に白羽の矢が立ちます。筒美京平さんという超大物をさらに超える作曲家といえば、もはや世界に目を向けるしかなかったのでしょう。バブル期に入っていたため、予算も潤沢だったと推測されます。

 さっそく富野監督は渡米してニール・セダカ氏への交渉を行いました。その頃、多忙だったニール・セダカ氏は、過去に発表した曲を『Zガンダム』に提供します。1972年の「Better Days Are Coming」と1976年の「Bad and Beautiful」です。前者が「Z・刻を超えて」、後者が「星空のBelieve」の原曲にあたります。

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