現金(タマ)の用意はOK? 「任天堂プレイステーション」競売へ そもそも何なの?
かつてソニーと任天堂は「スーパーファミコン用CD-ROMアダプタ」を共同開発する同志でした。その成果であり、幻に終わった「任天堂版プレイステーション」がオークションに登場するそうです。
「初代PlayStation」はスーパーファミコン用CD-ROMアダプタだった

「Nintendo PlayStation(任天堂版プレイステーション)試作機用コントローラー」が、海外大手オークションサイト「Heritage Auctions」にて、2024年8月に出品されるとのことです。超レアものであり、わずか200台だけの試作機用に作られたコントローラーの、数少ない生き残りだと説明されています。
「任天堂版プレイステーションって何?」「なんでスーファミがからんでくるの?」……事情を知らなければ、頭がハテナマークで一杯になることでしょう。実は、かつてソニーと任天堂は提携したことがあり、「PlayStation」はスーパーファミコン用の外付けCD-ROMアダプタになるはずだったのです。
もともとソニーは任天堂にとって、「数あるゲーム機の部品メーカーのひとつ」でした。スーファミに載っていた音源チップ「SPC700」はソニー製であり、その縁もあってスーファミ用CD-ROMアダプタの共同開発にこぎ着けたという経緯です。
このSPC700を開発したのが久夛良木健氏、後に「ソニー版」PlayStationの生みの親となる人です。任天堂は別のチップを採用するつもりだったところ、久夛良木さんが自らプレゼンした結果、性能が認められて採用となりました。本来はCD-ROMを売り込みに行ったのに、音源チップの方が目に止まった、との説もあります。
任天堂も、CD-ROMに興味を示すだけの理由がありました。80年代末から90年代初めにかけて従来のROMカートリッジは大容量化していったものの、それにつれて価格も跳ね上がっていったからです。しかし、CD-ROMであればディスクの製造コストは安く、しかも容量は何十倍にもなり、一挙両得になる利点があります。
そうしてスーファミ用CD-ROMアダプタの開発がスタートしました。試作機の形はいくつかあり、任天堂製もあればソニー製もあり、ファミコン用ディスクシステムのようにスーファミ本体を載せる外付けタイプも存在したとの説もあります。
ところが、1991年5月に米国の家電見本市CESにて、任天堂がフィリップスとCD-i(CD-ROMを使ったマルチメディア規格)のゲームで提携するこを発表しました。同じ会場でソニーもスーファミ用CD-ROMアダプタを発表したことから話がこじれ、やがて破談となったのです。
もっとも任天堂がフィリップスと契約したのは、「CD-iにキャラのライセンスを貸与する」だけであり、厳密にはソニーとの提携とは被りません。とはいえ、信頼関係にヒビが入ったと見られています。
その後に久夛良木氏はじめソニーは独自のゲーム機開発に取りかかり、それが初代PlayStationとなりました。「怒りに燃えたから」との説もあれば、任天堂の軒先を借りずに独自のゲーム機をのびのび作れるチャンスとして活かした、との説もあります。
ちなみにCD-i用として作られたマリオとゼルダのゲームは、任天堂が開発にノータッチであり、キャラの見かけや性格も原作ゲームとはかけ離れ、今でも珍作として語り草となっています。