なぜ『逃げ上手の若君』が刺さる? 逃げ回る“異質な”主人公に目が離せない
少年アニメの主人公といえば「誰よりも強くなる」ことを目標にするパターンが王道といえるでしょう。しかし、現在放送中のアニメ『逃げ上手の若君』は、いかに「逃げる」か、が物語のカギを握ります。少年マンガの定番とは言い難い主人公像がなぜ人びとにハマっているのでしょうか?
「鬼ごっこ」が大好きな少年に降りかかる災難
2024年7月より夏アニメとして放送中の『逃げ上手の若君』は、鎌倉幕府の滅亡、南北朝時代を舞台とした作品です。主人公の「北条時行(CV:結川あさき)」は、幕府に反逆した「足利尊氏(CV:小西克幸)」に命を狙われながらも、「逃げる」能力を駆使して鎌倉幕府を再興するために奮闘します。
鎌倉の人びとの暮らしや鬼ごっこが大好きな優しい時行の幸せは、尊氏によって壊され、時行はすべてを失います。天涯孤独となった時行は、大切な故郷「鎌倉」を取り戻すために戦の場へ赴きますが、武芸はてんでダメでした。しかし時行は、大人すら容易に捕まえられないほど「逃げる」能力がずば抜けていたのです。
少年マンガやアニメの主人公といえば努力して自らを強くして強敵に挑みます。「逃げる」という選択肢はほとんどありません。それにもかかわらず『逃げ上手の若君』では、主人公が逃げ惑い、それが視聴者を引き付けているようです。
この「逃げる」手段のきっかけを作った「諏訪頼重(CV:中村悠一)」も欠かせません。第1話「5月22日」では、諏訪大社の当主である頼重が、絶体絶命の時行を燃え盛る屋敷から半ば強引に救い出します。武士の子として「逃げること」や「生き残ること」を恥じる時行に、頼重が「逃げることの価値」を教えるシーンは圧巻でした。
自分の無力さ、絶望的な状況を自嘲するように、「死なせて下さい」とつぶやく時行へ、頼重は「では、死になされ」と返答します。その言葉とともに、敵兵がひしめく戦場へ時行を放り出したのです。このとき命の危機を感じた時行は、自分の「死なせて下さい」という言葉がうそだと気付きます。どれほど絶望的な状況で敵が強大でも、「生きたい」と思っていることに気付いた時行は、「逃げる力」で敵兵の攻撃をすべてかわして窮地を脱しました。
自分の力で頼重のもとに戻った時行の表情は、どこか吹っ切れた様子でした。逃げることを認め、生きることに意味を見出したのです。すべてを失ったと思っていた時行が、ただひとつ残された「逃げる力」に希望を見出し、尊氏との戦いを覚悟した瞬間でした。
その後、時行は頼重のサポートを受け、「逃げながら戦う」術を身に付けます。時行は、逃げることで相手の油断を誘い反撃することや、逃げ続けることで強敵を疲弊させるなどの意外な方法で強敵に勝利します。時行の戦法は勝てないから逃げる、負けたから逃げるという一般的な視聴者の「逃げる」に対するイメージを変えるものでした。
本作のストーリー展開には、このような「逃げる」をキーワードとした意外性があり、予想できないという面白さがあります。また「逃げる」ことを肯定しつつ「最終的な目的は諦めない」という思考は、現代の視聴者が共感しやすい価値観なのかもしれません。
(LUIS FIELD)