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初代『ガンダム』ミライ役・白石冬美さん追悼 私たちの心に染み込んでいる声

体を壊し、声優の道へ

『金曜ナチチャコ・パック 今、よみがえる伝説の投稿者・傑作選』(TBSラジオ&コミュニケーションズ)
『金曜ナチチャコ・パック 今、よみがえる伝説の投稿者・傑作選』(TBSラジオ&コミュニケーションズ)

 そんな白石さんは、四姉妹の長女として1936年10月14日に中国の北平市(現・北京市)で生まれました。父親は医師だったそうですが、この時期は抗日運動が激しさを増しており、翌1937年には日中戦争が勃発。白石さん一家は日本に戻り、静岡に腰を落ち着けます。

 その後、時代劇に憧れて育った白石さんは役者を志し、15歳で上京して松竹歌劇団に入団しますが、自身の未熟さを痛感して東宝芸能学校の演技科で基礎から学び直し始めます。

 卒業後は日劇ダンシングチームに所属して妹の夕子さんと共に活躍し、3年ほどで退団。舞台やドラマ、CMの仕事をこなし順調かと思われた矢先、肝炎を発症してしまいます。

 父親の治療を受けつつ自宅で療養した白石さんはほどなく復帰しますが、以前の仕事はすでに他の役者が担当しており、声優として活動することになったのです。

 1968年、白石さんに大きな転機が訪れます。藤子不二雄氏(現:藤子不二雄A※)原作の『怪物くん』で主役の怪物くんを演じ、大人気となったのです。白石さんも怪物くんには思い入れが強かったようで、1980年にリメイクされた際には藤子不二雄氏に「自分にやらせてほしい」と直訴の手紙を送ったそうですが、このときは残念ながら先輩である野沢雅子さんに決まってしまっています。後に野沢さんは白石さんに役を奪ってしまったことを詫びたそうです。

 ラジオパーソナリティとしても活躍した白石さんは、1967年からTBSラジオの『パックインミュージック』で故・野沢那智さんと15年もの間コンビを組み、「ナッちゃんチャコちゃん」「ナナチャコ」として人気を集めました。白石さんは、15年の間に番組を休んだのはわずか2回だったことを誇りにしていたと、著書で語っています。同番組ではメジャーになる前のタモリさんやおすぎとピーコ、山崎ハコさんなどを紹介するなど、芸能界で果たした役割も大変に大きなものでした。本当に偉大な方でした。

※藤子不二雄AのAは○にA
参考文献:著・白石冬美『真夜中の笑い猫』(風門社)

(早川清一朗)

【画像】心に残り続ける、白石冬美さんが演じたキャラ(5枚)

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