ファンの間でも意見分裂? 『秒速5センチメートル』は本当に「新海作品では実写化しやすい方」なのか
実写映画化が発表された『秒速5センチメートル』は、「実写化しやすそう」といった肯定的意見、「あの世界観を損なうのでは」などの否定的意見の両方に納得できます。ハードルの高さがどこにあるのか、改めてまとめてみましょう。
松村北斗さん以外のキャスティングの課題も
新海誠監督が2007年に手がけた劇場アニメ『秒速5センチメートル』を原作とした実写映画が、2025年秋に公開されることが発表されました。主演は『すずめの戸締まり』で「宗像草太」の声を演じ、新海監督から「最も信頼する俳優」とのお墨付きもある、松村北斗さんが務めます。
その実写化の反応はさまざまで、肯定的意見、否定的意見のどちらにも納得できるものがあります。それぞれの意見が出る理由について、簡潔にまとめてみましょう。
●新進気鋭の監督への期待も含む肯定的意見
肯定的意見で特によく見られるのは、「新海誠監督作のなかではファンタジー色は少ないため、実写化に向いている」という意見で、筆者もそれに大いに同意します。
「アニメ特有の表現が必要なわけでもない」「時代設定も現代だから大掛かりなセットは必要なく、ストーリー的にも再現しやすい」「アニメの実写化ではコスプレ感が出てしまうという意見もあるけど、この作品は普通の人間の物語だから大丈夫」など、そもそもが「実写でも表現しやすい内容」だからこそ、今回の企画を肯定できる意見が多いのです。
そのうえで期待が寄せられているのは、米津玄師さんの「KICK BACK」や星野源さんの「創造」のミュージックビデオ、ポカリスエットのCM「でも心が揺れた」編を手がけるなど、実績のある奥山由之監督がメガホンを取ることです。「監督が新進気鋭の才能を持っている方なので、映像には徹底的にこだわると思う」「リアルを誇張してデフォルメするのが新海監督の特徴だと思うので、MVやCM出身のクリエイターの方が合うかもしれない」と、映像面でのクオリティー、はたまたアニメとは異なる(または寄せる)実写ならではの表現にも期待ができるでしょう。
●約2時間の上映時間に不安の意見も
一方、否定的意見というよりもハードルの高さを指摘し心配する声も多くあります。そのひとつが、もともとが小学生、中学生、社会人という、3つの時代を描く作品であるため、松村北斗さん以外のキャスティングも重要になるのではないか、ということです。
おそらく、松村さんが演じるのは社会人のパートであり、「松村北斗さんなら、主人公のいけすかない感じも含めて上手く演じそう」と期待が寄せられる一方で、「小学生からアラサーまでを描く作品で、さすがに中学時代まで松村北斗さんでは無理がある」「小学生と中学生のパートは、実年齢に合う方に演じてもらいたい」といった意見もまた納得させられます。
アニメでは声の出演者の年齢に縛られない役も演じられますが、まだ大人ではない、少年少女ならではの切実な心理もまた重要な作品なので、確かに実写ではなるべく同年代の方が演じるべきです。また、「大人になったら松村北斗になりそう」な説得力のある、ルックスが似ている方がベターでしょう。とはいえ、おそらく松村さん以外のキャストも決定している可能性も高いですし、発表されれば肯定的意見に一気に傾くことも予想されます。
ほかにも、63分しかない原作に対し、実写版は約2時間の長編映画として制作されることにも不安の声があります。実写化で追加された要素や演出が、元と比較されて「引き延ばし」「蛇足」のように感じてしまうのではないか、という懸念もあるのです。
とはいえ、今回の発表で新海監督は「とても未熟で未完成な作品でした。しかしその未完成さ故に、今でも長く愛し続けてもらえている作品でもあります」と、謙そんがうかがえるコメントも出しており、さらには「実写映画は原作者・新海監督との意見交換なども経てつくられた脚本を元としている」とも発表されています。それにより、物語の完成度が高まり、新たな魅力も生まれることもあり得るでしょう。
※以下からは明確な結末は記していませんが、劇場アニメ『秒速5センチメートル』のラストについて触れています。未見の方はご注意ください。
●フラットに観ることはどうしたって難しい
ネット上の反応を見る限りいちばん多い意見は「不安半分、期待半分」という両論併記であり、そしてファンが何よりも願うのは「原作を大切にしてほしい」ということでしょう。
「新海監督作品の大きな魅力である、風景描写は踏襲してほしい」「新海監督の言うように、未成熟だった部分が昇華させられるのか、また違う作品として観てみたい」「演出、編集に時間とお金をかけてしっかり作っていただきたい」といった意見には、新海監督ファンであればあるほど同意できるでしょう。
はたまた「新海誠監督は前向きな結末として描いたつもりなのに、 観客からは『バッドエンド』『鬱アニメ』などと捉えられてショックを受けていた、という話があったので、今に実写化するならもっと分かりやすくするのかも」といった意見もあります。ここでは詳細は伏せておきますが、『秒速5センチメートル』は劇中でそれまで描かれた「出会いと別れ(と再会)」の物語に対して、多くの観客が望むハッピーエンドではないのは確かではある一方、見方によってはとても前向きな結末とも受け取れるのです。
筆者個人としては、この結末を「どう思うか」が大きく分かれることも含めて面白い作品だと思うので、あの結末が今どう受け止められるのかという反応(または変えるのか)もまた楽しみだったりもします。
余談ですが、『秒速5センチメートル』の小説版のラストは、新海監督が映画の結末にショックを受けた観客の声を聞き、その反省のためにも書いたと語っており、確かに映画よりもポジティブな印象を得やすい内容になっています。今回の実写映画では、その小説版の要素も取り入れられるのかもしれません。
ファンの間では劇場公開当時、または初めて観たときの印象を語る方が多く、その感動の記憶が残っているからこそのハードルの高さもあるでしょう。フラットに観ることはどうしても難しい作品であることもまた自明ですが、それでも現状での作り手の決意や覚悟はコメントからも伝わってきます。その熱意で良い作品に仕上がることを、期待しています。
(ヒナタカ)