栄光の初代『仮面ライダー』 49年前の人々の情熱が作り上げた傑作
1971年4月3日、『仮面ライダー』第一話「怪奇蜘蛛男」が放送されました。大野剣友会の命がけのスタントや主人公の藤岡弘、氏の熱演など、多くの人が情熱を込めて作り上げた傑作として時代に名を残しています。
栄光の『仮面ライダー』その第一歩

1971年4月3日、『仮面ライダー』第一話「怪奇蜘蛛男」が放送されました。東映の平山亨プロデューサーや原作者を務めた石森章太郎(後に石ノ森章太郎)ら、熱意あるスタッフが作り上げた至高変身ヒーローは社会的ムーブメントを起こすほどの大人気作品となり、令和の現在に至るまで続編が作り続けられています。視聴当時の思い出と『仮面ライダー』誕生の経緯を、ライターの早川清一朗さんが語ります。
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筆者にとって一番古い『仮面ライダー』の記憶は、九州にある祖父の家で見た、早朝の再放送でした。まだ『仮面ライダー』のことをほとんど知らない年齢でしたが、オープニングでサイクロンに乗ったライダー一号が階段を駆け上がっていくシーンに目が釘付けになったのをよく覚えています。
関東に帰ってからも『仮面ライダー』を見たいと思い、新聞のTV欄を必死に探しましたが見当たりません。そのころの筆者は、地方ごとに放送しているTV番組や時間帯が違うことすらも、まだ知らなかったのです。
それからしばらくして、日曜の夕方七時に『仮面ライダー』が放送されることを知り、大喜びでTVの前に陣取りましたが、なぜかライダーが空を飛んでいました。当時空を飛ぶヒーローは珍しくなかったので「そうか、仮面ライダーも空を飛ぶんだ」と特に疑うことなく受け入れていましたが、そもそも別の番組、別のライダー(スカイライダー)であることを知ったのはだいぶ後のことになります。まだ「新」が読めない歳だったので気付かなかったんですよね……。
結局、仮面ライダー一号二号の活躍を本格的に見られるようになったのは社会人になってからでした。話数が多いのですべて見るのは大変でしたが、20年越しの念願を叶えることができたときは感無量でした。特にテンションが上がったのは、傑作として名高い第40話「死斗!スノーマン対二人のライダー」です。ダブルライダーの競演は、大人ですら興奮したのですから、当時の子供たちの熱狂ぶりは凄まじいものだったのでしょう。その熱気を直接経験できなかったことは少々残念に思います。