エンディングの「絵本」が差し替え? 『トトロ』本編と違う絵コンテの謎
『となりのトトロ』のエンディングでは、お母さんがメイとサツキに絵本を読み聞かせている場面が登場します。その絵本のタイトルが、絵コンテと異なっているのです。なぜでしょう。
本編では「三匹の山羊」なのに絵コンテでは別の絵本
『となりのトトロ』(監督:宮崎駿)に登場する「トトロ」は、今やすっかりスタジオジブリの代名詞的キャラクターとして国内外で愛されています。とはいいながらも、このトトロという名前は、劇中において「メイ」が勝手につけたもので、トトロの唸り声をそのように聞き取り、そう呼び出したに過ぎません。
さて、この「トトロ」の呼称に関して、少し引っかかるシーンがあります。メイが「トトロに会った」と主張する場面において、「サツキ」は聞き慣れぬ「トトロ」という語に対し「トトロって絵本に出てた『トロル』のこと?」と尋ねるのです。するとメイは、普通に「うん」と頷きます。
この場面は『トトロ』を観たことある方なら、メイの「うん」に対し「いや、トロルとは違うのでは?」などと内心で呟いた人もいるのではないでしょうか。もちろん、これはメイが興奮しすぎてあまりサツキの話を聞いていない描写で、なんとも地に足ついたリアリティを感じさせてくれる名シーンなのです。
ただし少し気になるのは「絵本に出てきたトロル」です。トロル(トロール)とは、北欧の民話に登場する「妖精」の一種(あの「ムーミン」もトロールの一種です)で、この絵本のトロルの正体はエンディングにありました。そして、このエンディングがさらなる謎を提示してくるのです。
まずサツキが言っていた「絵本に出てたトロル」というのは、福音館書店の『三びきのやぎのがらがらどん』(絵:マーシャ・ブラウン 訳:瀬田貞二)ととらえて良いでしょう。エンディングでは後日談ともとれるスチールが数多く登場しており、その中で退院したお母さんがメイとサツキに絵本を読み聞かせる場面も出てきます。
そして、その表紙には『三匹の山羊』というタイトルがバッチリ確認できるのです。厳密にいえば『トトロ』は昭和30年代の設定で、『三びきのやぎのがらがらどん』が刊行されたのは1965年(昭和40年)のため多少の齟齬は生じます。ですが、劇中においては『三匹の山羊』という、漢字が多めの別タイトルなので矛盾はありません。サツキの「絵本に出てたトロルのこと?」の背景にあった、幸せな時間が垣間見られるなんとも優しい演出です。
そして、「謎」はこの読み聞かせている絵本にあります。本作の絵コンテを見てみると、まったく違う絵本が描かれているのです。
絵コンテ集で、同スチールを確認してみましょう。そこには、布団のなかでメイとサツキがお母さんに絵本を読んでもらっている場面が、ラフに描かれています。そして、その横には「マックロクロスケの絵本」というメモが残されていました。
なぜか、絵本が「マックロクロスケの絵本」から『三匹の山羊』に差し替えられているのでした。確かに、「マックロクロスケ」という存在もまた、「絵本」由来であることは序盤で明示されていました。
新居に越して大量のマックロクロスケ(すすわたり)を目撃したサツキが、お父さんに報告したさいに、「こりゃ マックロクロスケだな」「マックロクロスケ? 絵本にでてた?」というやりとりがあります。おそらくサツキとメイが声を合わせて「マックロクロスケ出ておいで でないと目玉をほじくるぞ」と囃し立てるかの有名なシーンは、その絵本に登場する歌なのでしょう。
では「マックロクロスケ」の絵本が現実にあるのかといえば、完全に一致するものは存在しません。ちなみに、偕成社から1968年に刊行された『まっくろネリノ』(作:ヘルガ・ガルラー 訳:矢川澄子)という絵本では、マックロクロスケに非常によく似たキャラクターが登場します。とはいえ、マックロクロスケは世界中で見られるシンプルなデザインゆえに、参考元を「特定」することは難しいでしょう。
絵コンテの話に戻りますが、なぜ絵本が差し替えられたかは不明です。ただしマックロクロスケの絵本であることを示すにはタイトルだけでなく、姿を表紙に描く必要があります。となると『トトロ』劇中において、メイとサツキが新居で初めてマックロクロスケの姿を見たという事実と矛盾してしまうのです。この辺りに、理由が潜んでいるのではないでしょうか。
もし絵コンテのとおり描かれたら、あの優しいお母さんが「でないと目玉をほじくるぞ」と、メイとサツキと一緒に歌っている場面になっていたかもしれません。ちょっと物騒ですが、それはそれで、良いですね。
(片野)