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モンキー・パンチ氏一周忌 定時制高校入学のハプニングが作品の土壌を作った?

2020年4月11日は、81歳で亡くなった漫画家モンキー・パンチ氏の一周忌です。代表作『ルパン三世』をはじめとして多くの青年マンガを手掛ける傍ら、大学で教鞭をとり後進の育成にあたりました。また、デジタル作画の先駆者としても知られています。

手塚治虫に憧れて

『ルパン三世 単行本未収録作品集』(双葉社)
『ルパン三世 単行本未収録作品集』(双葉社)

 2019年4月11日、漫画家のモンキー・パンチ氏が81歳で亡くなりました。代表作『ルパン三世』をはじめとして多くの青年マンガを手掛ける傍ら、大学で教鞭をとり後進の育成にあたり、日本漫画家協会でも理事や参与を務めるなど、マンガ業界の発展にも力を尽くしました。また1980年代からパソコンでの作品執筆に取り組んでおり、デジタル作画の先駆者としても知られています。子供の頃からアニメ『ルパン三世』に親しんできたライターの早川清一朗さんが、モンキー・パンチ氏を追悼します。

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「モンキー・パンチ」という名前を知ったのは、アニメ『ルパン三世』の原作者としてのクレジットでした。とはいえ子供の頃は外国人の名前だと思い込んでおり、日本人だと知ったのは、だいぶ後のことになります。

 モンキー・パンチ氏の本名は加藤一彦さん。1937年5月26日、北海道厚岸群浜中町に生まれました。漁師だった父親の仕事の関係で一旦は愛媛県に移住するものの、小学校三年時に再び浜中町に戻っています。中学生の頃には手塚治虫先生に憧れ漫画家になりたいと考えており、マンガ雑誌に4コママンガを投稿して初めての原稿料をもらうなど、早くも才能を発揮し始めていました。中学卒業後は地元の霧多布高校の普通科に入学するのですが、同校の夜間部の学生が足りず廃校を免れるために突然定時制へと切り替えられてしまうハプニングに見舞われてしまいます。

 昼間が暇になってしまった加藤氏は、釧路赤十字病院・浜中診療所で道下俊一医師の元、レントゲン助手のアルバイトを始めます。こうして小さな漁村から釧路という市街地に頻繁に出かけるようになった加藤氏は映画館に通いつめ、アメリカ映画と文化を知らず知らずのうちにどん欲に吸収し続けることになります。学校側の都合がもたらした偶然が、後のモンキー・パンチを生み出す土壌となっていることに、運命のいたずらを強く感じさせられるエピソードです。

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