『ガンダム』小説版のシャアは「はかってない」…? なぜキレイなままいられたのか
「ガンダム」シリーズでもっとも人気のあるキャラのひとり、シャア・アズナブルは、作品によってさまざまな姿を見られますが、なかでも小説版はひと味違います。その足跡を見ていきましょう。
小説版では苦労人だったシャア

『機動戦士ガンダム』のキャラクターのなかで、人気の高いキャラといえば「シャア・アズナブル」でしょうか。放送当時はもちろん、その後に制作された続編でも主要キャラとして活躍していました。
時には作品ごとでシャアの性格や、キャラクター性に差異が生じることがあります。そう考えると最初に登場したシャア、TVアニメ版のシャアが一番本来の姿だといえるかもしれません。
しかし、それ以上に本来のシャアの姿だと思えるのが、富野喜幸(現、富野由悠季)監督自らがTV放送中に著した「小説版『機動戦士ガンダム』」かもしれません。もちろん、ほかのキャラクターにも同様のことがいえるでしょう。
なぜならば、小説版はスポンサーに忖度しないという意図で執筆され、キャラクターの心情も当時の富野監督の考えていた方向にもっとも近いものと考えられるからです。その点では、スポンサーのみならず、ほかのスタッフの意見にも左右されない富野監督の考えだけで構成された『機動戦士ガンダム』といえるかもしれません。
そうしたこともあり、「TVアニメ版とは大きく異なる物語」以上に注目すべき点は、キャラクターの心情です。TVアニメでは芝居によってキャラクターの行動の解釈が変わることもあるでしょう。ところが文字媒体の小説では、キャラクターの心情が事細かに解説されています。
この部分に注目して読んでいくと、個人的に小説版でもっともTVアニメ版と異なるのはシャアでした。
物語冒頭のシャアの立場を見ていくと、あきらかにTVアニメ版と違う部分に気づくことでしょう。小説版のシャアは、部下から信頼をほとんど得ていません。正確にいえば、年上の部下に囲まれて「若造」と思われています。
TVアニメ版では頼れる副官だった「ドレン」、搭乗する「ムサイ」の艦長「トラッム」からも疎まれていました。もちろん手腕は信用されていますが、それ以上に早すぎる出世をしたことから嫉妬の対象になっているというところでしょうか。
そのため、「サイド7」に侵入した「デニム」と「ジーン」の行動も違ったものになっています。命令無視をしたのはデニムの方で、ジーンはそれに従っただけでした。「ザビ家にとりいって昇進した若造」であるシャアに自分の技量を見せるため、功名心からデニムが先走ります。
このサイド7での戦いの後、シャアは士官学校で同期だった「ガルマ・ザビ」との共同戦線に身を投じました。ここでのシャアは、危険を承知で残弾の少ない「ザク」を駆りガルマの援護に出るなど、ガルマとの友情を口にしつつ、少しでも助けになりたいと考えています。
しかし、結果的にガルマはTVアニメ版と同じように、「ジオン公国に栄光あれ」の言葉とともに散っていきます。それを見たシャアは心底ショックを受けていました。つまり小説版のシャアは、ガルマを「はかって」いないのです。
小説版の描写を見ていくと、ザビ家への復讐心とは別に、ガルマとの友情は本物だったようでした。ガルマとの出会いが、ザビ家への復讐心を薄くしていたようです。
このザビ家への復讐心が薄くなったことで、小説版のシャアは亡き父「ジオン・ズム・ダイクン」の理想に重きを置くようになりました。つまり「ニュータイプ」による新しい世界作りです。