『ガンダム』小説版のシャアは「はかってない」…? なぜキレイなままいられたのか
シャアが変わった原因はララァだった

ニュータイプによる新しい世界、そのためにザビ家打倒が必要とシャアは考えます。その気持ちを理解するからこそ、「ギレン・ザビ」のスパイとして送り込まれた「シャリア・ブル」は、シャアに信頼を寄せました。
そのためシャリアは頼れる副官として、シャアを支えることになります。シャアもその気持ちに応えるため、仮面を外して素顔をさらしました。この展開はTVアニメ版とは真逆の関係といえるかもしれません。
これには、シャアがこの時点で「ララァ・スン」を失っていることも大きく関係しています。ララァに惹かれる部分はあっても、その死に引きずられるような状態ではなく、この部分がTVアニメ版と大きく違います。
このほかにも「キシリア・ザビ」の秘書である「マルガレーテ・リング・ブレア」に対して、シャアは「自分の子供を産んでほしい」と伝えるシーンもありました。過去に引きずられることなく未来を見据えるというのが小説版のシャアのようです。
また「ララァをめぐる確執」が薄いため、シャアは戦争末期に「アムロ・レイ」との共闘を模索しました。この気持ちはアムロをはじめとする「ペガサス・J(ジュニア)」(小説版の「ホワイトベース」)のクルーも同様で、ともに戦争の元凶であるギレンを討つことを考え始めます。
結果的に共闘は成立しますが、そのためにアムロの死というショッキングな展開がありました。ここでアムロが死んで精神体になることで残ったクルーたちを説得し、シャアとの共闘は果たされます。
共闘したペガサス・Jとキシリアの部隊はジオン公国の本拠地「サイド3」へ侵攻しました。そして追い詰めたギレンをキシリアが撃ち殺します。その直後、シャアは「では……」と自身の「リック・ドム」の手のひらを回転させ、その上にいた銃撃直後のキシリアを墜落死させました。いわゆる手のひら返しです。
この後、地球連邦軍とジオン公国のあいだで講和条約が締結され、戦争は終結しました。「デキン・ソド・ザビ」は退位し、「ダルシア・バハロ」首相のもとでジオンは共和制を復活させます。シャアは軍に残り、ペガサス・Jのクルーの半数はジオン国籍を得ました。
余談ですが、こちらの展開をベースとしたストーリーが、ゲーム「ギレンの野望」シリーズの「キャスバル編」などに見られます。
駆け足になりましたが、これが小説版のシャアの足跡でしょうか。権謀術数といったものを使わず、他者との信頼で行動するイメージがあります。その点では、安彦良和さんの描いたマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のシャアとは真逆かもしれません。
その人間関係に苦労するさまは、後に制作されたTVアニメ『機動戦士Zガンダム』の「クワトロ・バジーナ」を彷彿とさせる部分があります。そう考えると、富野監督が当初抱いていたシャアのイメージは、クワトロのように仲間との信頼を重視するイメージだったのかもしれません。。
宿敵だったペガサス・Jのクルーやアムロとの共闘、それらを考えると『Zガンダム』までの富野監督のシャアに対するイメージは小説版が近かったのでしょう。もしも劇場版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の制作がなかったら、シャアはまた違う道を歩いていたのかもしれません。
もちろん、どんな道を進んでいたとしてもシャアは「ガンダム」シリーズの人気キャラクターとして、その地位を確立していたことでしょう。
(加々美利治)