「SFホラー」の感想もあった『アイの歌声を聴かせて』地上波初放送 監督の狙いは何だったのか
劇場公開当時に絶賛に次ぐ絶賛の口コミが相次いだアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』で、ホラーと呼ばれるほどのシーンを入れた理由はどこにあるのでしょうか。重要なのは、吉浦監督の言うように「そうじゃない」ことだと思うのです。
「そうじゃない」「主観」にも感動がある

2025年3月14日(金)24時より、アニメ映画史を塗り替える傑作『アイの歌声を聴かせて』(2021年)が、NHK Eテレで地上波初放送されます。本作はAIもののSF、学園コメディー、ミュージカルといったさまざまなジャンルが見ごとに融合していることも大きな魅力であり、劇場公開当時に「ホラー」と呼ばれたことも話題になりました。
とはいえ、同作でホラーとされるシーンおよび要素はごく一部であり、老若男女が楽しめる、極めて万人向けの作品であることは強く主張しておきます。そのうえで、本作の「表面上のことをとらえると確かに恐ろしい」「でもキャラクターが思っていることはそうじゃない」ことがとても重要だと思うのです。劇中のセリフと、吉浦康裕監督の言葉からまとめてみましょう。
なお、ゴールデンタイムの放送ではないものの、劇中のクライマックスが深夜(23時以降)の出来事であり、くしくも「満月」の日という現実とのシンクロもあるので、ぜひともリアルタイムでご覧になっていただきたいです。
※以下からは『アイの歌声を聴かせて』の結末を含むネタバレに触れています。鑑賞後にお読みください。
●悪役のセリフも正論そのものな「暴走」の危険性
本作で恐ろしさと不安を覚えるポイントは、SF映画では定番ともいえる「AIが暴走するかもしれない」可能性にもあります。たとえば、AIの「芦森詩音(シオン)」の「幸せになるためだったらなんでもするよね?」という言葉は、命令を遂行するためであれば他のことはいとわない危険性を感じさせます。
主人公「天野悟美(サトミ)」の母でエンジニアの「天野美津子」の「誰かを幸せにするための行動が、逆に不幸を招くことだってあるかもしれない」というセリフはAIに限らない普遍的な事実ですし、物語上では悪役にあたる「西城」支社長の「未成年の君たちに危害を加える可能性があったんだからな」といったセリフも正論そのものです。
ほかにも、サトミが家に帰ると玄関が散らかっていて、美津子が窓の近くで飲んだくれている様、その美津子が表彰楯を投げて全身鏡が割れる場面もかなりホラーテイストで、これらは『機動戦士ガンダム 水星の魔女』でも怖い母親の描写がやたらと上手かった共同脚本の大河内一楼さんらしさが強く出たのだろうと思われます。
ちなみに、2023年に公開され、吉浦監督がコメントを寄せたAI搭載人形が題材のホラー映画『M3GAN/ミーガン』では、「AIの暴走」の恐怖がストレートに表れていました。
●ストーカーに見えるかもしれない、だけど……
本作にはかなり怖いと思えるポイントがあるのは確かですが、それだけではない、ということも重要です。終盤に明かされた秘密は、サトミの同級生「トウマ」が言うところの「シオンはサトミのためにできる最大限のことを8年間も実行し続けていた(しかも自己進化をしていたかもしれない)」ということでした。
客観的にみれば「AIが自主的に8年間もひとりの人間を監視し続けていた」というのは、人によっては「ストーカー」的な恐怖を感じる場面でしょう。
そのような事実に対し、美津子は「それが本当なら、世界中のAIにも同じ可能性があるってことよ。そうなったら、この世界は…」と、やはり今後の不安と恐怖を口にしようとするのですが、それまでにシオンと交流していたサトミのクラスメイトたちのセリフは、このようなものでした。
アヤ「面白そう!だって、いろんなAIがシオンみたいになるんでしょ?」
サンダー「世界中が、シオンに…(何かを想像しながら顔を赤める)」
ゴッちゃん「なんか騒がしそう」
これらのキャラそれぞれの「らしい」反応に、美津子は「いや、そういうことじゃなくて…」と驚きます。しかし、トウマは「僕たちがサトミのそばにいるのは、シオンのおかげなんです」と言い、サトミも「私たち、もう一度シオンに会いたい。会って、聞きたいことがあるの」と、みんなが仲良くなるきっかけをくれたシオンのための決意を口にするのです。