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日本アニメ人気、理由は「普遍性」なのか?海外展開でぶつかる「政治的正しさ」の問題【この業界の片隅で】

「正しさ」への忖度とアニメの「自由」

 あくまで極端な例ですが、女の子が性的なイタズラをされても笑って受け流しつつ、結婚こそ本当の幸せだと夢見たり、同性愛者が同性愛者というだけでやたらと発情したり、アフリカの黒人が槍を片手にアフリカ象を追いかけ回したりしないのが、政治的に正しい作品です。「さすがに今時これはまずいでしょ」と、誰だって思うはずです。

 けれど、もう少し微妙な例になるとどうでしょうか? お母さんが何げなく家族の食卓にご飯を出す場面は? 実際、とあるコンテンツのアメリカ展開を試みた際、「母親が食事を出すシーンは、家庭の仕事は女性がするものという固定観念を助長させる懸念があるので、すべてカットしてもらえないか」という注文をつけられ、頭を抱えたことがあります。

 そもそも、政治的に正しい作品があれば、正しくない作品だってあってもいいはずです。それが本来の自由というもので、気に入らない作品があっても、教育や政治的な煽動に利用されるなどよほど目立ったことがない限り、放っておけばいいのです。けれど、なかなかそうもいかないのが世の中の難しいところ。「正しくない」作品を心情的に放っておけない方もたくさんいます。そして、一部にはより極端かつ攻撃的になっていく傾向があるのも事実です。

 正しさの普遍性自体、疑った方が良いものです。例えば、中国でアニメを展開する場合、中国共産党による事前検閲が入りますので、開始予定の3か月前に納品するやり方が一般的です。「正しくない」作品は、そこで弾かれてしまうのです。

 ところがそこには、権力による圧迫を感じさせないためにあえて正しさを「忖度させる」ような、極めて巧妙な仕組みがあります。他の国での展開にあたってポリコレに「忖度する」時と、ほとんど変わらない印象です。どちらにも同じように忖度しているのであれば、彼らの正しさより自分たちの正しさが優位にあると、どうして簡単に言えるのでしょうか。

 思想上の立場を表明するつもりは毛頭ありません。普遍性ではなく金もうけを追求した方がむしろ健全なのかもしれないし、日本のアニメが世界で人気を得たのは、国境を越える面白さなるものとは全く異なる理由があるように思う、ただそれだけです。

 むしろ世界に背を向けたガラパゴスな環境、政治的に正しかろうが間違っていようが何でもありの自由さ。そこに日本のアニメ人気の要因があるように思うのですが、いかがでしょうか?

(おふとん犬)

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