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【シャーマンキング30周年への情熱(14)】阿弥陀丸の愛刀・春雨が「ありふれたデザイン」の理由

多くのファンに愛されるマンガ『シャーマンキング』の連載20周年をこえて、来たる「30周年」を展望する本連載。第14回は、同作の主要人物のひとり、阿弥陀丸の生きた時代と彼の愛刀・春雨について掘り下げます。タシロハヤトさんが解説します。

阿弥陀丸の生きた600年前=南北朝時代の末期

600年前の侍、阿弥陀丸。『SHAMAN KING CHARACTER BOOK 原色魂図鑑』(講談社)に収録
600年前の侍、阿弥陀丸。『SHAMAN KING CHARACTER BOOK 原色魂図鑑』(講談社)に収録

 新作アニメや原画展など、注目の公開情報があいついでいる『シャーマンキング』ですが、今回は独自の視点で作品の世界観や設定を掘り下げていきたいと思います。まずは、主人公・麻倉葉の持霊(もちれい)として活躍する「阿弥陀丸」の生きた時代と彼の愛刀「春雨」についてお話します。原作では第3巻収録の第十九廻で、春雨を狙う蜥蜴郎(とかげろう)が登場し、春雨を生み出した喪助と阿弥陀丸が刀に込めた思いが語られましたね。

 阿弥陀丸は、原作の第1廻が掲載された1998年の時点で「600年前の侍」とされています。最新資料『SHAMAN KING CHARACTER BOOK 原色魂図鑑』(講談社)には、1385年1月6日生まれ、享年24歳と記載があります。

 1385年といえば、室町時代の初期である南北朝時代が終わる数年前です。南北ふたつに朝廷が分裂し覇権を争っていたためさまざまな合戦が起き、原作にあるような野ざらしの遺体や、孤児たち、そして蜥蜴郎のような者たちがあふれていたと思われます。第2廻「待つ侍」に”国中が真っぷたつに分かれての大戦争”とあるのはこのことです。彼が生まれた7年後の1392年に南北は統一されますが、いきなり全ての争いが終わり平和になったわけでもありません。

 なお阿弥陀丸の出生地は不明ですが、ふんばりが丘の首塚で最期を迎えたということは、仕えた領主は関東の人間です。つまりその近辺の生まれでしょう。当時、国の中心は京都ですが、混乱は関東も例外ではありませんでした。

 さて、阿弥陀丸の愛刀・春雨について解説するためには、戦い方の歴史を少し理解しなければいけません。古来から日本の兵士の主流武器は弓でした。馬に乗って弓を射るのです。ところが鎌倉時代になるとそれが廃れます。大きな理由は、武士が貧しくなり馬上から弓を射る訓練をするような経済的余裕がなくなったためです。

 しかし、戦闘スタイルは変わらず騎馬軍団による集団戦なので、武士は代わりに長い棒のような武器を使い、馬上の敵を下に落としたり、上から地面の歩兵を攻撃したりしました。その武器のなかに刀があったのです。ですからこの時の刀は、時代劇で見るようなものより長く大きく、種類としては”太刀(たち)”と呼ばれます。

 太刀は馬上で抜きやすいよう身体に固定せず、鎧の腰の部分につるしていました。また上から下に向けて戦う時のために、刃は下向きにしていました。つまり地面側に刀のカーブを描くように身につけていたのです。

 ちなみに一時の流行として、太刀よりさらに長い”大太刀”というものもありました。長すぎて自分ひとりでは抜けないため、従者に持たせて馬の後を付いて来させるのですが、従者がやられたり逃げてしまうと役に立たず、廃れてしまいました(やる前に気付けよと思いますが……)。これが南北朝時代初期の戦闘です。

【画像】『シャーマンキング』阿弥陀丸の刀の秘密がわかる、エピソードと資料(6枚)

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タシロハヤト

美少女ゲームブランド「âge(アージュ)」の創立メンバーで、長らくシナリオ、演出、監督等を務める。代表作は「君が望む永遠」シリーズ、「マブラヴ」シリーズ。現在はフリーで活動中。『シャーマンキング』の作者、武井宏之氏と旧知の関係である縁から、同作の20周年企画に参加している。
https://twitter.com/tamwoo_k