マグミクス | manga * anime * game

【シャーマンキング30周年への情熱(14)】阿弥陀丸の愛刀・春雨が「ありふれたデザイン」の理由

「春雨」はいかにして作り出されたのか?

太刀と打刀の比較。上が「太刀 無銘 古千手院」(刃長77.1cm)、下が打刀の「刀 銘 近江守法城寺橘正弘」(刃長75.5cm)。ともに刀剣ワールド財団(東建コーポレーション)所蔵
太刀と打刀の比較。上が「太刀 無銘 古千手院」(刃長77.1cm)、下が打刀の「刀 銘 近江守法城寺橘正弘」(刃長75.5cm)。ともに刀剣ワールド財団(東建コーポレーション)所蔵

 では、春雨のような刀はいつ生まれたのかというと、ちょうど阿弥陀丸が生まれた頃に現在のような形になって一般化しました。武士や従者がサブウェポンとして持っていた短刀が、いくつかの理由で伸びたというのが由来とされています。

 この刀を”打刀(うちがたな)”と呼び、これが春雨であり、皆さんが時代劇で見る日本刀です。打刀の特徴は腰の帯に直接差して固定することと、太刀とは逆に刃が上を向いていること……つまり刀のカーブが空側を向いていることです。今度サムライを見かけることがあったら、刀のカーブの向きに注意して見てください。なおこのことは騎馬戦が主流ではなくなり、身ひとつで戦う機動性が重要になったことを意味します。

 ただ、孤児である阿弥陀丸たちがこのような経緯を知っていたとは思えません。恐らく、春雨を作った喪助は、合戦場で目にする多くの遺体が身につけていた打刀こそ武器の主流だと思って真似をして、たまたまそれが正解だったということなのでしょう。

 その根拠のひとつと言えるかもしれませんが、春雨は刀としてはシンプルで、柄(つか:持ち手)も鍔(つば:刃と柄の境界にある円盤状のもの)も鞘(さや:刀を入れるケース)も、どこにでもありそうなデザインです。これらをまとめて拵え(こしらえ)と言いますが、この部分はファッションなので、いかにカッコ良くするかが大事です。

 しかし自慢の逸品であるはずの春雨に気を遣っていないのは、刀を独学で生み出した喪助は、そういうものだと知らなかったのでしょう。その辺に転がっている安い刀の真似をしただけだったのです。もっとも恐らく彼も領主に仕えてからは知識を得たでしょう。それでも春雨に手を入れなかったのはすでにそれが彼らの人生を象徴するものだったからです。そう考えると「どこにでもありそうなデザイン」にこそ、春雨の意味があると思えてきませんか?

 さて、これより詳細な春雨の形状については……残念ながら鑑定も鑑賞もすることはできません。原作では当然シーンによって刀の形状が変わりますし、刃文も省略されているからです。しかし春雨が生まれた時代背景や彼等の人生を紐解いていけば、もしかしたらこうだったかも……という想像を巡らせることはできるかもしれません(「シャーマンキング展」でも、モデルとされる刀が展示されていました)。今回の解説ではいろいろ省略しているところもありますので、もしも興味を持った方がいれば、この説明を入り口に日本刀について深く掘り下げていただけたらと思います。

(タシロハヤト)

【画像】『シャーマンキング』阿弥陀丸の刀の秘密がわかる、エピソードと資料(6枚)

画像ギャラリー

1 2

タシロハヤト

美少女ゲームブランド「âge(アージュ)」の創立メンバーで、長らくシナリオ、演出、監督等を務める。代表作は「君が望む永遠」シリーズ、「マブラヴ」シリーズ。現在はフリーで活動中。『シャーマンキング』の作者、武井宏之氏と旧知の関係である縁から、同作の20周年企画に参加している。
https://twitter.com/tamwoo_k