人生観が変わる『稲中』古谷実の傑作4選。『進撃の巨人』作者もイチオシの漫画とは?
青春ギャグマンガの金字塔『行け!稲中卓球部』でデビューして以降、数々のヒット作を世に送り出してきた鬼才・古谷実。今や彼の作品は国内のみならず世界中のクリエイターに影響を与えています。古谷実作品のどこに私たちは惹きつけられるのでしょうか。人生観を揺さぶる4作品をピックアップしながら、その魅力を探っていきます。
「笑いの時代は終わりました…」衝撃の路線変更
2020年第92回アカデミー賞において外国語映画として史上初の「作品賞」を受賞した『パラサイト 半地下の家族』。この偉業を成し遂げたポン・ジュノ監督は、日本のマンガ好きとしても知られています。監督がとりわけ影響を受けた漫画家に挙げているのが『行け!稲中卓球部』などで知られる古谷実氏です。
デビュー作『稲中』がいきなり社会現象となり、華々しいキャリアをスタートさせて以降も、軒並みヒット作を連発。これまで発表してきた作品の多くは映像化され、その度に新しいファンを獲得し続けています。はたして、古谷実作品の何が私たちの心を惹きつけるのでしょうか。今回はそんな古谷実作品の中から『稲中』以降の4作品をピックアップ。内容を解説しながらその魅力の本質に迫ります。
●『僕といっしょ』(全4巻)

古谷実氏の連載第2作目がこの『僕といっしょ』です。主人公の先坂すぐ夫は、『稲中』のメンバーと同じく14歳。母親の死をきっかけに小学3年生の弟・いく夫とともに養父から逃げ出し、あてもないまま上京するところから物語は始まります。
スリ常習犯のイトキンや、進学校に嫌気が差して家出をした美少年カズキらと出会い、いつの間にやら人生に悩める女子高生・吉田あや子の家に居候することに……。前作『稲中』となんら変わらぬテンションで繰り出されるギャグと魅力的なキャラクターたちが織りなす混沌とした日常はまさに爆笑必至です。
ただし、決定的に前作と違うことはリアリティの差。保護者のいない中学生たちが生きていくにはお金も住む場所も必要。とはいえ中学生を雇ってくれるところなどありません。明日の生活はどうする? 弟いく夫の将来はどうする? もしプロ野球選手になれなかったら(すぐ夫は指名打者だけでプロ野球選手になるという無謀な夢を持つ)?
そんな死活問題への不安が時として顔を覗かせ、その不安を追い払うように彼らは暴れ回ります。どこまでもギャグとしてのハイテンションは保ちつつ、つま先がわずかながら現実についている、ハードコアな青春物語としても楽しめる傑作です。
●『ヒミズ』(全4巻)

「笑いの時代は終わりました…。これより、不道徳の時間を始めます。」
単行本1巻の帯に載せられたこの文章からも分かる通り、これまでの古谷氏のイメージを大きく覆した作品です。これまで、2004年に舞台化、2007年には小説化、そして2012年には園子温監督によって映画化もされています。
主人公は中学3年生の住田。実家は貸しボート屋を経営するも貧しく、風呂なしのプレハブ小屋で母親と生活しています。彼は「普通であること」を信条に掲げ、夢や希望を語る人間をどこか冷笑的な目線で眺める達観した人生観の持ち主。物語序盤ではそんな住田と親友の夜野、そして小説版では主人公になる恋人・茶沢との日常が静謐ながらどこか危ういタッチで描かれていくのですが……とある事件をきっかけに住田を取り巻く環境は一変。学校にも家にも帰らず「悪い奴を見つけて殺す」という“不道徳”なノルマを自らに課し放浪生活を始めます。
誰よりも普通に憧れていたはずの住田が、誰よりも異常な生活を送ることになる……現実の不条理に直面した少年の心象風景を、残酷なまでに克明に描いていきます。誰もが茫然自失した衝撃のラストにも注目です。
また、古谷実作品のテーマのひとつ「日常に埋没している狂気」も、この作品からクローズアップされていきます。住田の貸しボート屋に勤めることになった浮浪者の男性、幼馴染の少女に劣情を抱く高校生など、サブキャラクターの挿話も多彩です。