人生観が変わる『稲中』古谷実の傑作4選。『進撃の巨人』作者もイチオシの漫画とは?
『進撃の巨人』の作者が“生涯ベスト”と語った問題作
●『ヒメアノ~ル』(全6巻)
2016年に吉田恵輔監督により映画化された作品で、快楽殺人にスポットを当てた“問題作”として話題を呼びました。
主人公・岡田は平凡な人生に焦燥感を抱く清掃員。彼が同僚の“ピュア中年”安藤さんが片思い中のカフェ店員・ゆかと恋仲になり、嫉妬に狂った安藤さんから嫌がらせを受ける……そんなほのぼのしたコメディパートと並行して、快楽殺人者である森田のエピソードが展開され、日常に埋没する狂気を立体的に描写します。
この作品の凄まじいところは、なんといっても快楽殺人に“生まれてしまった”森田の苦悩を描いたところです(映画版では監督の意向で「いじめが原因で快楽殺人者になってしまった」という設定に変更)。同じく古谷実作品の『シガテラ』(全6巻)では主人公の荻野が「自分が異常性愛者でないのは運が良いだけなのかも」と感慨に耽るシーンがありますが、この『ヒメアノ~ル』ではそんな異常性愛者側の心理を前景化しています。
自分が快楽殺人者であることに気づいた時の森田の深い絶望に同情を禁じ得ませんが、一方で「自分は今、連続殺人鬼に同情をしている」という事実に読者の倫理観は大きく揺さぶられます。また本作は『進撃の巨人』の作者である諫山創氏も自身のブログで「反社会性人格障害者の悲哀」を描いた作品として「生涯ベスト級の漫画」と絶賛しています。
●『ゲレクシス』(全2巻)
デビュー以降一貫して週刊「ヤングマガジン」に作品を連載してきた古谷氏が初めて「イブニング」で連載した作品です。
バウムクーヘン屋の店主である大西たつみ(40)がある日、公園にたたずむ女性に初恋。ところが彼女はいきなり卵型に変身。さらに大西までも“ケツ”のような物体に変身してしまい……序盤から息継ぎなしのクレイジーワールドが展開される作品です。
『水曜日のダウンタウン』(TBS)のプロデューサーである藤井健太郎さんがTwitterで「古谷実の『ゲレクシス』2巻から読んで理解できる人マジで0人説。」と紹介していた通り、わずか2巻ながら「あらすじ」を紹介することが極めて難しい作品です。
初期のハイテンションな作風を感じさせながらも、同時に孤独の中でもがく人間の悲哀も味わえる、ある意味では古谷実の世界観を丸ごと2巻に凝縮したような作品といえるでしょう。読了後、頭のネジが緩んでいること間違いなしです。
ここで紹介した4作品はタイトルに併記した全巻数からも分かる通り、『稲中』以外の古谷実作品はすべて6巻以内で完結しています。どこまでも現実と地続きの狂気を、比較的短い物語の中で描き切る手腕はまさに天才的です。短いからこそ、何度でも読み返したくなる……気づけばどっぷりハマっている古谷実の世界、一度足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
(片野)