引退は寂しいけれど…「ラーメンズ」小林賢太郎のマンガ『鼻兎』に込められた創作の魂
2020年は、「ラーメンズ」小林賢太郎が引退した年になってしまいました。多くのファンが新単独公演を待ち望んでいただけに、引退を惜しむ声が後を絶ちません。 とはいえ“演者”としての活動が終了しただけで、それ以外の活動は継続します。今回は小林賢太郎の“マンガ家”との側面に注目。代表作『鼻兎』についても解説します。
小林賢太郎のコントをマンガで読める作品
2020年12月1日、「ラーメンズ」小林賢太郎が“演者”引退を表明しました。
2009年以降、活動中止状態だったラーメンズですが、この発表をもって正式にその歴史に終止符が打たれ、芸能界からも惜しむ声が多くあがりました。引退発表の同日に新語・流行語大賞も発表されていたにも関わらず、Twitterではそれらをおさえてラーメンズ関連のワード(「千葉滋賀佐賀」、「ヒョギフ大統領」など)がトレンド入り。その根強い人気が明らかになりました。
今回の発表はあくまでも表舞台からの引退表明であって、この世界から小林賢太郎がいなくなってしまったわけではありません。事実、マルチクリエイターである彼はこれまでも実にさまざまな分野でその才能を発揮してきました。アニメ作品の監督・脚本・キャラクター原案を担当したり、小説家として短編集を発表したり、時にはウイスキーブランドのキャンペーンのプロデュースを務めたこともありました。また東京パラリンピック閉会式の演出に内定したことも記憶に新しいです。
さて、今回はそんな多岐にわたる“小林賢太郎のしごと”から、マンガ家としての側面をして紹介していきたいと思います。舞台のイメージが強い彼ですが、プロのマンガ家として雑誌に連載を持っていたこともあります。それが、「ヤングマガジンアッパーズ」(講談社)で1999年から2004年にかけて発表された『鼻兎』(全4巻)です。
ツンとした鼻が特徴の鼻兎が主人公のこの作品。犬の「いぬ」や猫の「ニニコ」、そこに街の人たちが加わり、毎回騒動が起こったり起こらなかったりするのですが……これが小林賢太郎のコントを「マンガ」という舞台に落とし込んだかのような、実に魅力的な作品です。
多摩美術大学で絵画科版画専攻だった彼の絵柄はラーメンズの舞台セット同様、背景などをなるべく排したシンプルなもの。それでいてキャラクターのセリフ回しや表情はとても豊かです。猫の「ニニコ」に子供が生まれたり、犬の「いぬ」のお父さんがやってきたり、鼻兎の過去がほのめかされたりと、ストーリーが進んだかと思えば、次の話では鼻兎がただひたすらのび縮みするだけ……といった話が挿入されることも。
全編を通じて漂う “つかみ所のなさ”が、たまらなく愛おしい作品です。単行本ではマンガながらスピン(紐のしおり)がついている点にも、こだわりが感じられます。
また「鼻兎」最終話では作者・小林賢太郎と思しき男が登場するのですが、そこで交わされる会話は、小林賢太郎の創作に対する態度そのもの。今回の引退発表を受けて読み直せば感慨もひとしおです。未読の方はぜひ、確かめてみてください。
『鼻兎』はその後、2019年1月から2020年1月まで「イブニング」(講談社)で続編が連載され、現在は小林賢太郎の公式ツイッターで『ハナウサカイグリ』が不定期更新されています。
引退発表後の2020年12月3日には鼻兎が小林賢太郎に「なんかやめたの?」と問いかける新作が発表され大きな反響を呼びました。“なんか”をやめた小林賢太郎がこれから何を始めるのでしょうか。本人は次のように語っています。
「やりたいことは山ほどあります。文章、漫画、映像、車検。」
……今後も、やはり小林賢太郎から目が離せません。
(片野)