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「無限列車」が駆け抜ける『劇場版 鬼滅の刃』 大正時代、実在した鉄道の姿は?

「無限列車」の客車は大正時代の「3等車」相当?

1918年(大正7年)製の3等車。大正時代の客車は大型化が進んだが、車体は木製だった(『日本国有鉄道百年写真史』より引用)
1918年(大正7年)製の3等車。大正時代の客車は大型化が進んだが、車体は木製だった(『日本国有鉄道百年写真史』より引用)

「無限列車」を引っ張っている蒸気機関車のデザインは、ナンバープレートが「無限」という漢字2文字に置き換えられていることを除けば「ハチロク」にそっくり。竈門炭治郎たちが乗り込んだ列車は、夜行の急行列車だったのかもしれません。

 ちなみに、JR九州は「ハチロク」を動態保存(動かせる状態で保存すること)しており、今年2020年11月に鹿児島本線で運転されたSL列車「SL鬼滅の刃」も「ハチロク」がけん引しました。『鬼滅の刃』で描かれた蒸気機関車と同様、ナンバープレートは「無限」の漢字2文字が刻まれたものに交換して運転されました。

 一方、客車も明治末期から大正期にかけ大きく変化しています。明治時代の客車は車体が木造で、いまの車両に比べると非常に小さく、車輪も4輪(2軸)だけのものが中心。そのため乗り心地が悪く、一度に運べる人数も多くはありませんでした。しかも、当時の国鉄は私鉄の国有化により、各私鉄が独自に開発した種々雑多な車両を抱え込むことに。車両の管理やメンテナンスに手間がかかるようになったのです。

 そこで国鉄は1910年(明治43年)、統一した基準で設計した客車を開発。車体が従来より大きく、車輪も8輪(4軸=2軸台車2個)に増やしました。これにより管理上のコストを減らし、輸送力の向上も図ったのです。ただし、車体は従来通り木造のまま。鉄製の車体の客車が本格的に導入されるようになったのは、昭和時代に入ってからです。

 大正時代の旅客列車は3等級制で、2等車はいまのグリーン車、3等車はいまの普通車に相当します。1等車は強いていえば、東北新幹線「はやぶさ」などに連結されているグランクラスといえるでしょうか。当時は長時間走る列車が多かったこともあり、列車によっては3等車のほか1等車や2等車、そして寝台車も連結されていました。

『鬼滅の刃』で描かれている「無限列車」の車内は、4人掛けと思われるボックス席が通路の両脇に配置されており、背もたれは垂直に固定されていてリクライニングしないタイプ。これは当時の3等車とよく似ています。このタイプの座席は、いまもJRの普通列車などで見られますが、大正時代の3等車は特急や急行列車でもボックス席が一般的でした。

【画像】JR九州が本気コラボ! SL「無限列車」運行、「煉獄さんの駅弁」に『鬼滅』仕様の新幹線も(11枚)

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