手塚治虫『アドルフに告ぐ』が描く「正義と正義」の対立。太平洋戦争79年目に読み解く
実は重要だった、ヒロインたちの「恋愛」物語

ーー『アドルフに告ぐ』では、空襲を受けた神戸で人びとが傷つく様子や、戦時下の権力が人びとを弾圧する理不尽さも、凄惨な筆致で描いています。こうした点には、やはり手塚先生自身の戦争体験が込められているのでしょうか?
飯田 手塚先生が戦争を描く時は容赦がないですよね。『紙の砦』や『がちゃぼい一代記』などの戦争描写はどれも悲惨なものですが、戦争ものに限らず他の作品でも戦いの描写は遠慮がないように感じます。
それはもちろん、戦争体験が大きいと思います。手塚先生にとって戦争の理不尽さを語ることは、単に「戦争反対」というだけじゃなくて、戦争が「生命というものの尊厳を冒涜するもの」という思いがあるからではないかと思います。それをマンガで伝えたいという強い信念があるので、オブラートで包みたくない気持ちが強かったのではないでしょうか。
ーー作中ではふたりの「アドルフ」に寄り添った女性たちをはじめ、さまざまな立場の女性が登場します。手塚先生自身は「ページの都合で描ききれなかった」と語っていたそうですが、彼女たちも戦争がもたらす運命に巻き込まれていきます。
飯田 この作品のなかでの「恋愛」はとても重要だと思います。というのは、ふたりのアドルフをはじめ、人間はどうしようもない国家の権力に振り回されて思想も変わっていくのに、「恋愛」はそれを無力化しているんですね。いくら権力の障害があっても「好き」という思いは人種的な差別も思想の壁も乗り越えていくわけです。
それは民族間の「正義」がいかに不条理なものであるかを、別の側面で見せてくれていると思います。語り部の峠草平の恋愛は、彼が疎くて常に受け身の立場ですが、その「恋愛」によって窮地を脱出したり、運命の糸を紡いでいったりと、重要な役割を持っていますね。
連載の中断もあって少し未消化な状態で終わっているところはあるかもしれませんが、単行本化の際にエリザや、三重子と女将のエピソードをエピローグ的に描き足してありますね。普段の手塚作品でここまで渋い大人の恋愛を描いている作品はそうは多くないと思うので、自分ももっと読みたかった気持ちはあります。
ーー手塚先生は自身の作品を単行本化する際、原稿に手を入れるケースが多かったと聞きますが、『アドルフに告ぐ』連載当時の内容・構成を復刻した『アドルフに告ぐ オリジナル版』(国書刊行会)が刊行され、単行本化前後の状態を容易に比較できるようになりました。修正されたところにはどのような特徴がありますでしょうか?
飯田 病気による中断で描ききれなかった部分などの修正で、全体で約50ページもの描き足しがありますが、大きな特徴は特定のパートにとどまらず、全体の構成の変更で入れ替えや描き足しが細部にまでわたっていることです。
というのも、「週刊文春」での連載は毎回10ページというものだったので、そのなかで次週を期待させる「引き」を盛り込んでいました。単行本での読ませ方に合わせた変更や、毎回タイトル文字が入るコマの修正もあります。それらのひとつひとつを比べるのが楽しいのですが、あらためて手塚先生のスゴさを感じさせられます。
毎週の10ページでこれだけ読ませながら、全体の壮大な構成を見事に築き上げるなんて、本当に普通の人にはできないことだと思います。単行本は文庫本も含めて500万部以上も売れているそうですが、本当にそれだけの価値がある大傑作だと思います。国書刊行会版の完全復刻版はちょっと高価ですが、それだけの価値は充分すぎるほどありますので、ぜひ皆さんにも、連載時のままの『アドルフに告ぐ』も読んでいただきたいと思います。
(マグミクス編集部)
(C)手塚プロダクション