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アニメと異なる道を進んだ、漫画『風の谷のナウシカ』。残酷さと絶望に挑んだ理由とは

奇跡を塗りつぶすように、執拗に描かれる残酷さと絶望

マンガ版の最終巻となる『風の谷のナウシカ』第7巻(徳間書店)
マンガ版の最終巻となる『風の谷のナウシカ』第7巻(徳間書店)

 アニメ『ナウシカ』で削除した土鬼諸候国はますます存在感を増し、局地戦のように描かれていた紛争はやがて、全世界と生物を巻き込む大災厄へと発展していきます。超常の力を操る土鬼の僧正や神聖皇弟、クシャナの周囲のトルメキア王国内部の陰謀、アニメ『ナウシカ』よりも物語のスケールも深刻さも格段にあがり、戦記もの・終末ものの色が濃厚になっています。

 マンガ『ナウシカ』での腐海と世界の謎を解き明かそうとするナウシカのその旅は、まるで地獄めぐりのようです。アニメ『ナウシカ』のラストで起きた奇跡を執拗に塗りつぶしていくように、世界の残酷な面と絶望が何度も何度もつきつけられます。

 大海嘯という種としての危機を目前としながら、人間同士の争いをやめられない人類の愚かさ。その愚行は過去何度も繰り返されてきたものであるという絶望。そして滅びそのものが必然であるという運命の残酷さ。ナウシカひとりで受け止めるには、あまりに深刻で、解決できるはずもない問題です。

 しかし、それは虚構の物語では描かれていないだけで、現実に存在する問題でした。そしてそれらの現実の問題を解決する術など誰も持っていないのです。大海嘯についても、新型コロナウイルスが蔓延している2020年の世界では、特に実感できるでしょう。

 連載終了直後に行なわれたインタビューで、宮崎駿監督は次のように発言しています。

「映画を終えてみたら、あまり入りたくなかった宗教的領域に、自分がどっぷり浸かっていることを発見して、「これはヤバイ」と、深刻に追い詰められました」

「神様を前提にすれば、世界は説明できますよ。でも、僕にはそれはできない。なのに、人間とか生命とか、踏み込みたくない領域に入ってしまったわけでしょう」
(「よむ」1994年6月号 岩波書店・刊)

 宮崎駿はマンガ『ナウシカ』で、アニメ『ナウシカ』をハッピーエンドに導くために取り入れた奇跡=神の御業を排除して、宗教的な共同幻想さえ否定しながら、この複雑極まる世界に住む人間や生命の在り様を描くことに挑んだのです。その結果、物語は一旦の落着は見せるものの、問題がすべて解決することはなく、その世界が継続していくことを感じさせながら終わります。

 アニメ『ナウシカ』のラストシーンを表す言葉が「感動」だとすれば、マンガ『ナウシカ』のそれは言葉にならないモヤモヤとした気持ち、最後にナウシカが読者に託したセリフ「生きねば……」が重く心に残ります。そして宮崎駿監督はマンガ『ナウシカ』の完結以降、アニメーションでも『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』など、物語の定型から外れた作品を次々と生み出すようになっていくのです。

 同じ根を持ちながら、その幹ははるか別の方向に伸びていったマンガ版とアニメ版『風の谷のナウシカ』。未見、未読の方はぜひ見比べてみてください。

(倉田雅弘)

【画像】アニメ『ナウシカ』でクライマックスとなった、王蟲の群れとナウシカのシーン(5枚)

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