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実在した『ベルばら』キャラのモデル3人の末路。現実はマンガより悲劇だった……

革命に翻弄され、ギロチン台へ。ベルナールのモデル人物

竹中幸史著『図説 フランス革命史』(河出書房新社)。フランス革命の熱狂と希望、絶望について、最新の研究成果をふまえて解説する
竹中幸史著『図説 フランス革命史』(河出書房新社)。フランス革命の熱狂と希望、絶望について、最新の研究成果をふまえて解説する

●ベルナール・シャトレ:困難を乗り越えて結ばれた妻も断頭台に…

 マンガ『ベルサイユのばら』でのベルナールは、オスカルが貴族である自分の生き方やフランスという国のあり方に疑問を持つようになるきっかけを作った人物です。正義感あふれるジャーナリストであると同時に、貴族から盗みを働く義賊「黒い騎士」という裏の顔も持っていました。

 ベルナールのモデルは、革命派のジャーナリストで編集者で、のちにダントン派の政治家となったルシー・シンプリス・カミーユ・ブノワ・デムーランです。デムーランは1789年7月、パレ・ロワイヤルのカフェで、「諸君、武器を取れ!」と演説し、パリ市民の決起を促したことで有名になりました。

 その後、自ら発行した新聞に先鋭的な政治・社会論評を書いて人気を得ると、ロベスピエールらによる恐怖政治を批判し、革命を収束させることを主張しました。しかし、その言動が反革命的であるとみなされて逮捕され、裁判にかけられることになったのです。

 1794年4月5日、デムーランはギロチンで処刑されました。彼ら革命派の市民がマリー・アントワネットをギロチン台に送った日から、わずか半年しか経っていませんでした。

 さらにその8日後には、デムーランの妻・リュシルも、彼を助けるために刑務所での暴動を計画したという容疑で逮捕、処刑されてしまったのです。死を前にして24歳のリュシルは、「もうじき夫のカミーユに会えるのだから、私は幸せです」と、嬉々として断頭台に登っていったと言われています。

 デムーランとリュシルは、リュシルはまだ13歳のころ、偶然、公園で出会って恋に落ちました。官僚をつとめていたリュシルの父親は10歳の年齢差やデムーランの貧しさを理由に、ふたりの交際に反対しましたが、7年かけてついに結婚を認めさせた彼らに、こんな非しい最期が訪れるとは夢にも思わなかったでしょう。彼らもまた、革命の犠牲者でした。

●ロザリー・ラモリエール:革命に翻弄された人びとを、優しく見送った

 マンガ『ベルサイユのばら』では、前述のベルナールが結婚したのは、オスカルが妹のようにかわいがった少女、ロザリーでした。ロザリーは、マリー・アントワネットが最後の時を過ごしたコンシェルジュリー牢獄で世話係をし、マリー・アントワネットにひとときの安らぎを与える存在となり、断頭台に向かう直前の彼女から白いリボンを形見として受け取りました。

 ロザリーのモデルになったのは、実際にコンシェルジュリー牢獄でマリー・アントワネットの世話係をした女性です。平民の靴職人の娘で、本名はマリー・ロザリー・ドラモルリエールといいましたが、フランス革命の時には、教会や聖職者が弾圧されたため、聖母マリアにつながる「マリー」を省き、さらに「ドラモルリエール」の「ド」が、貴族の姓の前に付く「ド」と同じ響きであることから、身分について誤解を受けないようにと「ラモリエール」と名乗っていたようです。

 22歳でパリにやってきたロザリーは、25歳の時に王妃の収容されるコンシェルジュリーで初めてマリー・アントワネットに会いました。ロザリーは、大変細やかな心配りができる女性だったようで、マリー・アントワネットとの間にも信頼関係が芽生えていました。マリー・アントワネットが処刑される日、史実ではロザリーが彼女の髪を切り、その時に白いリボンを渡されたと言われています。

 マンガでは、ロザリーが夫・ベルナールを通して委員会に頼み、マリー・アントワネットのためだけの世話係をしていたように描かれていますが、実際のロザリーは、マリー・アントワネットの処刑後も計6年間、コンシェルジュリーで働き、革命家ロベスピエールやルイ15世の愛人であったデュ・バリー夫人などの収容者の世話係もしました。その後、未婚で娘を出産し、晩年は健康状態が悪くなり、20年以上施設で暮らしましたが80歳まで生きたという記録があります。

 栄華を独占していたのに、革命ですべてを失った王妃や貴族。革命によって新しい時代を切り開こうとして、方向を見失い、すべてを失った革命家……その悲しい最後の日々にひと時の安らぎを与えたのは、平民のロザリーの優しさでした。革命のなかで命を落とした人びとの最期に寄り添い続けた人生でした。

* * *

 フランス革命は、絶対王政を倒し、封建的特権の廃止や人権宣言、憲法制定などを実現し、共和政を実現しましたが、革命の過程には紆余曲折が数多くあり、その歴史のうねりのなかで、志半ばで逝った革命家たちや、冤罪でギロチンに送られた罪なき人びとも多くいました。

 大きな時代のうねりが多くの悲劇を生み、人々を翻弄するのは、今も昔も変わらない……『ベルサイユのばら』とフランス革命の史実は、そのことを私たちに教えてくれます。

(山田晃子)

【画像】フランス革命に翻弄されながらも、命を燃やし、生きた人びと

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