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アニメ史を動かした劇場版『ガンダム』公開から40年。徹夜の行列で見届けた熱狂ぶり

一大ブームを起こした劇場版『ガンダム』から40年。TV放送終了を惜しんでいた当時のファンは、映画化決定に大いに盛り上がり、ファンたちは大挙して映画館に集まり、ブームは最高潮に達しました。

テレビから劇場版へと歩みだした『ガンダム』

『機動戦士ガンダム』劇場版第1弾の公開前後から、ガンダムとガンプラは一大ブームとなった。画像は劇場版『機動戦士ガンダムI』DVD(バンダイビジュアル)
『機動戦士ガンダム』劇場版第1弾の公開前後から、ガンダムとガンプラは一大ブームとなった。画像は劇場版『機動戦士ガンダムI』DVD(バンダイビジュアル)

 本日3月14日は、40年前の1981年に劇場版『機動戦士ガンダム』(以下ガンダム)が公開された日です。今から振り返ると、日本のアニメ史が大きく動いた出来事でした。そこで当時の世相や製作までの経緯を、筆者の思い出も交えて解説します。

 1980年1月26日、ファンに惜しまれつつも『ガンダム』のTV放送が終了しました。しかし、予定していた本数に至る前の打ち切りということで、ファンからは終了を惜しむ声の方が大きかったのです。むしろ、本来の終わり方を望むもの、続編を望むもの、劇場版を望むものと、さらなる『ガンダム』の動きを待望する声にあふれていました。

 当然、次第に大きくなるファンの声を、スタッフも感じ取っていました。TVでの『ガンダム』は終了したものの、その直後から次なる展開へと静かに動き出していました。

 そんななか、アニメ雑誌「アニメージュ」1980年3月号の特集記事で、富野喜幸(現在は由悠季)監督が、『ガンダム』を劇場公開するなら、2時間半の枠では収まらない、TV版を四部作に構成して劇場版にしたい……と、インタビューに答えて四部作の構成案を発表しました。この記事を見たファンたちは大いに喜び、劇場版の発表を心待ちにします。

 そして、1980年10月2日発売の「日刊スポーツ」で劇場版『ガンダム』がスクープされ、翌週9日に劇場版の製作発表記者会見が行われました。この時にも、富野監督は全43話を1本の映画にできない、何本か製作すると語っていました。

 しかし、実際には最初の1本が成功しなければ2本目以降はないという厳しい状況だったことが後に明かされます。そのため、富野監督が望んだ連番の『Ⅰ』およびサブタイトルを付けることはできませんでした。このため、その後の2作目以降とはタイトルのバランスが変わってしまったわけです。

 ところが、そのような心配は杞憂でした。予想以上の前売り券の売れ行きに、1作目の公開前に2作目の製作が決まったほどです。

 こうした盛り上がりのなか、1981年2月22日に東京・新宿アルタ前で「アニメ新世紀宣言大会」というイベントが開催されました。当初は「ガンダム5000人キャンペーン」と言われていましたが、実際には1万人を超えるほどの人数が集まります。

 筆者は地方在住だったためイベントに行けませんでしたが、同年代のクリエイターの方に聞くと、ほとんどの方がイベントに参加していたと答えてくれました。当時のアニメファンにとって、それほどの一大イベントだったのです。

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