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【追悼】アニメ職人に徹した大塚康生氏 『ルパン三世』に活かされた、異例の経歴

大塚さんの好みが投影された『ルパン三世』第1シリーズ

アニメ『ルパン三世』第1シリーズ。TMS公式YouTubeチャンネルで公開されている。原作:モンキー・パンチ(C)TMS・NTV
アニメ『ルパン三世』第1シリーズ。TMS公式YouTubeチャンネルで公開されている。原作:モンキー・パンチ(C)TMS・NTV

 東映動画を辞めた大塚さんは、1968年にAプロダクション(現在のシンエイ動画)に入り、モンキー・パンチ氏の人気コミック『ルパン三世』のアニメ化に関わります。長編映画化を狙った『ルパン三世』パイロット版に大塚さんは原画で参加しますが、この企画は頓挫。しかし、人形劇団出身の大隅正秋氏が演出するTVアニメ『ルパン三世』第1シリーズの放映が、1971年からスタート。大塚さんはキャラクターデザインと作画監督を担当することになります。

 記念すべき第1話「ルパンは燃えているか…?!」は、カーレース場を舞台にしたテンポのよいアクションものです。車好きな大塚さんの力量が、フル発揮できる題材でした。また、シリーズ当初は年代物の高級車であるベンツSSKに乗っていたルパン三世ですが、シリーズ中盤から参加した宮崎駿氏のアイデアで、イタリアの大衆車フィアット500に変わります。フィアット500は、大塚さんが普段から乗っている愛車でした。

 大塚さんの麻薬Gメン時代の体験も活かされます。麻薬取締官事務所に勤めていた頃、携帯する銃の分解整備も行なっていたそうです。その際、大塚さんが扱っていたのがブローニングM1910。女盗賊か女スパイか、謎の女・峰不二子に、この銃を大塚さんは持たせることになります。

 こうして見ると、大塚さんならではのユーモラスさのある人物造形やどこか人間味を感じさせるメカ描写などが、『ルパン三世』第1シリーズの大きな魅力となっていたことが分かります。

商業作品の監督作は、生涯に1本だけ

 東映動画を辞めた宮崎氏と高畑氏が『ルパン三世』第1シリーズの中盤から参加し、アニメ史に残る伝説のTVシリーズとなります。さらに『パンダコパンダ』二部作でも、東映動画OBたちはルパンとその仲間たちと同様に抜群のチームワークを発揮します。それぞれがプロフェッショナルな技量を持ち、その上で遊び心を忘れずに生み出した素晴らしい作品です。

 その後、大塚さんは、NHK初のオリジナルアニメ『未来少年コナン』の作画監督を務めます。『未来少年コナン』は宮崎氏の監督デビュー作。ここでもふたりは見事なチームワークぶりを見せました。さらに大塚さんはテレコム・アニメーションへと移籍し、宮崎氏の劇場監督デビュー作『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)でも、キャラクターデザイン&作画監督を担当します。もはや円熟の境地です。

 ルパンと次元が乗るフィアット500がスクリーンでも大活躍したのは、皆さんもご存知のとおり。『未来少年コナン』のダイス船長と野生児ジムシーとのコミカルなやりとりは、大塚さんにお任せだったそうです。最後の作画監督作となったのは、高畑監督の劇場版『じゃりン子チエ』(1981年)でした。これも人情味あるコメディです。大塚さんが手がけた三枚目的キャラクターたちは、その後のスタジオジブリ作品に大きな影響を与えたのではないでしょうか。

 これだけ豊富なキャリアを持ちながらも、大塚さんは商業作品で監督を務めたのは一度きりでした。フジテレビ系「花王名人劇場」の枠で、1981年に放映されたアニメ版『東海道・四谷怪談』だけです。このときは「演出:鈴木一」というペンネームでクレジットされています。

 作家としての名声や会社内での出世は望まず、でも現場のアニメーターとして、また後進の指導者として、大塚さんはとても豊かな生涯を送られたように思います。大塚さんのアニメーター魂は、数々の作品の中にきっとこれからも生き続けることでしょう。

(長野辰次)

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