『この世界』の片渕監督の隠れた名作、『マイマイ新子』が引き寄せた大切な縁
何度観ても楽しめるアニメがあります。片渕須直監督の『マイマイ新子と千年の魔法』も、そのひとつに挙げられます。昭和30年代を生きる少女をはつらつと描いた『マイマイ新子と千年の魔法』は興行的には不発でしたが、片渕監督のディテールへのこだわりは次作『この世界の片隅に』で花開くことになりました。
巨匠たちの薫陶を受けた片渕監督
劇場アニメ『この世界の片隅に』(2016年)は、太平洋戦争中の広島市や呉市で暮らす人びとの暮らしをリアルに再現し、単館系での公開ながら興収27億円を越える大ヒット作となりました。『この世界』での細やかな演出で一躍脚光を浴びたのが、片渕須直監督。庵野秀明監督と同世代のベテランアニメーターです。
片渕監督がこうの史代さんの原作コミックをアニメーション化するきっかけとなったのが、前作『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)でした。すでに『マイマイ新子と千年の魔法』でも、リアルな日常描写を披露しており、そこで培ったノウハウやスタッフワークが『この世界』へとつながったことが分かります。
2021年5月16日(日)のBS12では夜7時から、『マイマイ新子と千年の魔法』が放映されます。片渕監督は若手時代に、宮崎駿監督や高畑勲監督らの薫陶を受けています。そんな片渕監督ならではの、繊細な演出とカメラワークが冴え渡った本作の見どころを紹介します。
昭和30年代と平安時代を結ぶ物語
山口県防府(ほうふ)市出身の芥川賞作家・高樹のぶ子さんの自伝的小説『マイマイ新子』が、本作の原作です。物語の舞台となるのは、昭和30年代の防府市。小学3年生の新子(CV:福田麻由子)は、大好きな祖父・小太郎から自宅前にある麦畑には1000年前に街があったことを教わります。好奇心を刺激され、マイマイ(つむじ)のある額の髪がピンと跳ね上がる新子でした。
防府市はかつて「周防の国」の都であり、清少納言が少女時代を過ごした土地でした。新子は1000年前に生きていた女の子のことを想像し、友達になることを夢見るのです。
そんなとき、新子の学級に東京から引っ越してきた貴伊子(CV:水沢奈子)が転入します。お嬢さまっぽい貴伊子のことが気になった新子は、学校帰りに自宅までついていきます。貴伊子の父親は医者で忙しく、母親は若くして亡くなっており、貴伊子はいつも寂しそうにしています。
ふたりが親しくなったアイテムは、舶来品のチョレート菓子でした。新子の家を訪ねた貴伊子は、父親が持っていた菓子箱を手土産にします。新子の幼い妹・光子も加えた3人で、高級そうなチョコレート菓子を次々と口にします。
このとき、3人が食べたのはウイスキーボンボンでした。チョコレートのなかに入っていたお酒で、女の子たちが酔っぱらうシーンは抱腹絶倒ものです。『赤毛のアン』でアンが親友のダイアナにジュースと間違ってぶどう酒を飲ませてしまうエピソードを彷彿させます。
酔っぱらい事件以降、新子と貴伊子はすっかり打ち解けるのでした。