『エースをねらえ!』お蝶夫人の名言4選。孤高のテニス女王が愛を受け入れるまで…
自分を知り、受け入れることができた愛と友情
●「あたくしはだめでした」
宗方コーチ亡き後、ひろみを指導していた桂大悟は、彼女が立ち直ったと確信するまで断酒をしていました。ひろみやお蝶夫人もそれに気づいており、彼がお酒を飲む日こそが、ひろみが本当に立ち直ったと認められる時だと思い、その日を心待ちにしていたのです。
友人でもある太田コーチの子供が歩いたお祝いの席で、ひろみはぐい飲みを傾ける大悟を見て、断酒を解いたのだと喜びました。しかし、ぐい飲みの中に入っていたのは水……。自分がまだ立ち直ったと認められていないことにショックを受けていたひろみをお蝶夫人は訪ね、外を歩きながら自分の子供の頃の話をしました。
それは、将来を嘱望され、日本のテニス界を引っ張って行くと思われていた宗方仁と桂大悟が同時に引退した時のことでした。がっくり肩を落としていた父親を励ましたい一心で、幼いお蝶夫人は、『あたくしがいます おとうさま! あたくしが強くなります!』と言ったのです。
そしてお蝶夫人は、「それがまちがいだった」と振り返ります。
「いつも自我が表面に出る者は頂点には登り切れない 天才は無心なのです」とひろみに説明し、「あたくしはだめでした」と続けるのです。憧れ、目標にしてきたお蝶夫人の言葉に驚くひろみに、「あなたはいついかなる時でも ただひたすらな努力をしてほしい!」と伝えます。
お蝶夫人にとってのひろみは、妹のようにかわいい存在からライバルへと変わり、自分を追い越していったひろみには、再び姉が妹をかわいがるように無償の愛を与え、支えることを自分の使命としていました。お蝶夫人は、自分の限界を知り、そのうえで、テニスにかかわることで、彼女は孤独を脱し、前進することができたのかもしれません。
●「海が支えでした」
男子テニス部キャプテンの尾崎勇は、お蝶夫人に思いを寄せていましたが、その思いはなかなかお蝶夫人には届きませんでした。友人の千葉鷹志はお蝶夫人を「あのプライド あの気性 10代の男にどうこうできるあいてじゃない 見ているだけが せいいっぱいの人だよ」と評していました。
高校を卒業して半年ほどたった頃、ある集まりから帰るお蝶夫人を送ろうという申し出を「ひとりになりたいのです」と断ったお蝶夫人ですが、その後の「ぼくがいても あなたはひとりです」という言葉に思うところがあったのか、海へのドライブを求めます。
海に向かって目を閉じ、「あれもたえがたい これもたえがたいと思うだけで この世に たえられないことなどないのかもしれません」とつぶやくお蝶夫人を見て、尾崎は「そのとおりです だれも なにも あなたを傷つけたりはできません」と、自分の思いを再び胸の奥にしまおうとするのでした。
しかし、この尾崎の考えこそ、お蝶夫人に誰も頼らせず、孤高の女王であり続けさせるものだったのかもしれません。その後、お蝶夫人は尾崎の手を借りて岩から降り、その思いがけない触れ合いに尾崎は打ち震えました。
そして、その2年後。ひろみとの試合を前に肉離れを起こし入院したお蝶夫人のもとに駆け付けた尾崎は、「あなたの強さが悲しいのです!」と言い、それへのお蝶夫人の答えが「海が支えでした」でした。心身ともにひろみを支え、壁としての役目を終えた孤独な女王が、愛を受け入れた瞬間です。
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物語序盤では、親の力や財力をかさに、思い通りに牛耳ろうとする、いじわるキャラに見えたお蝶夫人ですが、実際には、思慮深く優しく、そして凛とした素敵な女性でした。『エースをねらえ』は、大人になって読み返すと琴線に触れる言葉がたくさん詰まっているのです。
(山田晃子)