伝説のアニソン歌手・ヒデ夕樹の生涯、自費出版で明らかに 『海のトリトン』など歌う
『キャプテンフューチャー』『海のトリトン』の主題歌や『あしたのジョー』のエンディング曲を歌ったヒデ夕樹さんは、ソウルフルな歌声で印象に残る歌手でした。剣持光氏の著書『ヒデ夕樹とテレビまんが主題歌の黄金期』は、ヒデさんの謎多き生涯を追った1冊です。また、アニソンの歴史も振り返った研究本としても見逃せません。
視聴者の記憶に焼きつく独特な歌声

「子供の頃は空を飛べたよ 草に寝ころび 心の 翼ひろげ どこへだって行けたぼくだった」
1978年11月からNHK総合で1年間にわたって放映されたSFアニメ『キャプテンフューチャー』の主題歌「夢の舟乗り」は、そんな歌詞で始まります。子供の持つ想像力の豊かさを、大人が慈しむ名曲です。
日本アニメ史上屈指の名主題歌と評したい「夢の舟乗り」(作詞:山川啓介、作曲・編曲:大野雄二)を、見事な歌唱力で歌い上げたのはヒデ夕樹さんでした。ヒデさんは他にも、『海のトリトン』の主題歌「GO! GO! トリトン」、『あしたのジョー』の後期エンディング曲「力石徹のテーマ」、日立グループのCMソング「この木なんの木」など、視聴者の記憶に焼きつく歌声を披露しています。
アニソン界の大御所として、水木一郎さん、ささきいさおさんらは今も元気に活躍していますが、残念なことにヒデさんは1998年に58歳で亡くなりました。そのため、ヒデさんに関する情報はとても限られたものとなっています。
ヒデ夕樹という歌手は、どんな生涯を送った人物だったのか。その疑問に答えたのが、2021年7月25日からインターネット販売されている書籍『ヒデ夕樹とテレビまんが主題歌の黄金期』(ケンケンクリエイト)です。
アニソンが「テレビまんが主題歌」だった時代
ものまねタレントとして活動する剣持光氏が、自費出版する形で『ヒデ夕樹とテレビまんが主題歌の黄金期』を出版しました。謎に包まれていたヒデさんの素顔を、剣持氏はヒデさんの仕事仲間や2歳年上の実兄・平野盛之さんらに取材して明らかにしています。
また、剣持氏はアニソンブームの礎を築いた日本コロムビア学芸部の元ディレクター・木村英俊さんにロングインタビューしたことがあり、かつてアニソンが「テレビまんが主題歌」と呼ばれていた1970年代からアニソン業界全体を振り返った構成となっています。
1970年代、テレビアニメや特撮ドラマは「ジャリ番」(子供向け番組)と呼ばれ、レコード業界では低く見られていました。歌謡曲を歌う人気歌手には、アニメや特撮ドラマの主題歌は歌わせないことが不文律となっていたそうです。そこで日本コロムビアの社員だった木村英俊さんは、アニメや特撮ドラマを専門に歌う歌手を独自に育てることにしたのです。
木村英俊さんによって見出されたのが、堀江美都子さん、水木一郎さん、ささきいさおさん、子門真人さんといった後のアニソン界のビッグスターたちでした。明朗な歌声が彼らの特徴ですが、同じく木村さんが目を掛けたヒデさんは異彩を放っていました。コーラスグループやソウルバンドなどを経験してきたヒデさんは、哀愁を感じさせる独特な声の持ち主でした。
剣持氏は、父親を早くに失ったヒデさんの生い立ち、グループ時代のエピソードなどを盛り込みながら、ヒデさんの人物像を浮かび上がらせています。孤独な男の世界を歌い続けたヒデさんですが、普段は陽気な性格で、酒好き、ギャンブル好きで、そして女性にとてもモテたそうです。大人の魅力の持ち主だったことが分かります。