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金ロー『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』 劇場版につながる「神回」

初めての代筆で失敗してしまうヴァイオレット

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 公式設定集』(京都アニメーション)
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 公式設定集』(京都アニメーション)

 冒頭の言葉は、職場の先輩である看板ドールのカトレアが、TVシリーズの第2話でヴァイオレットに語ったものです。

「言葉には裏と表があるの。口に出したことがすべてじゃないのよ」

 手紙の代筆業を始めたばかりのヴァイオレットは、大失敗をやらかしました。依頼人の女性がしゃべった言葉をそのまま手紙に書いたため、手紙を受け取った男性は怒って手紙を突き返してきたのです。男性に好意を寄せていた依頼人の女性は、ヴァイオレットを責めます。

 人間が口にする言葉は、必ずしも本心とは限りません。言葉を発した人が心のなかで思っていることまで汲み取らなくては、相手に伝わる文章にはならないのです。言葉を伝えることの難しさを痛感させる、序盤の印象的なエピソードです。

 言葉はとても不自由です。感情をすべて表現できるわけではありません。言ってみれば、言葉も手紙も「心」の代用品です。本当なら、本人が相手のところに出向いて、自分の「心」を丸ごと見せることができればいいのですが、現実的にそれは不可能です。また、人間は往々にして、自分の感情に素直になることができません。

 そこで、手紙代筆のプロであるドールが必要とされるわけです。経験豊かなドールに、より的確な表現を選んでもらい、言葉が足りない部分は補ってもらい、自分の「心」の代用品を手紙としてしたためるのです。ドールの助けは借りますが、便せんにつづられた正直な「心」は、読む人の「心」を動かすことになります。

母と娘との絆を描いた「神回」の第10話

 言葉も手紙も「心」の代用品です。ヴァイオレットは失った両手の代わりの義手を使ってタイプライターを打ち、本人に代わって手紙を代筆します。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、代理人が代用品を生み出していく物語となっています。ヴァイオレットの成長譚は、どこかイタリアの児童文学『ピノッキオの冒険』を思わせるものがあります。あやつり人形のピノッキオは何度も何度も失敗を繰り返しますが、物語の最後には育ての親のゼペットじいさんと再会し、人間の少年になることができます。

 ピノッキオが数々の冒険を経験したように、ヴァイオレットも多くの依頼人と受取人の「心」に触れることで、言葉の裏と表の意味、感情の機微を理解していきます。代用品だからこそ、真摯に代筆業に励むことができたのではないでしょうか。次第にヴァイオレットは、感情を持たないドールから温かみのある人間へと成長を遂げていくことになります。

 ヴァイオレットは戦場で鍛えられたために身体能力が優れており、タイプ打ちも速くて正確ですが、魔法少女のような特殊能力は持っていません。「神回」と呼ばれた第10話では、まだ幼い娘を持つ病弱な女性の依頼人のもとで手紙の代筆を行なうものの、依頼人の病気そのものを治すことはできません。それでもヴァイオレットは、依頼人の母娘から深く感謝されることになります。50年に及ぶ、長い長い物語である第10話は、大ヒットした『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(2020年)にもつながる重要エピソードなので、要チェックです。

 言葉や文章はとても面倒です。人間の「心」はさらに厄介です。でも、ヴァイオレットはひたむきにその厄介な「心」に向き合います。誰かの言葉に傷ついた記憶のある人、また誰かを傷つけてしまったことを悔やんでいる人に、ぜひ観てほしいハートウォーミングな物語です。

(長野辰次)

【画像】ジャケットを見ただけで涙腺崩壊する、『ヴァイオレット』の音楽(6枚)

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