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野球界の「夢」を現実にした水島新司先生のマンガ作品。イチローも、清原も…

2022年1月10日、漫画家・水島新司先生が肺炎のため亡くなられました。82歳でした。多数の野球マンガを手掛け、1958年のデビューから2020年に引退宣言を出すまで63年もの間、現役の漫画家として熱筆を振るわれました。

水島先生のマンガに影響を受けた有名選手たち

現実のプロ野球選手も影響を受けたという『ドカベン』プロ野球編1巻(秋田書店)
現実のプロ野球選手も影響を受けたという『ドカベン』プロ野球編1巻(秋田書店)

 2022年1月10日、漫画家・水島新司先生が肺炎のため82歳で亡くなられました。『ドカベン』『野球狂の詩』『大甲子園』など多数の野球マンガを描き、1958年のデビューから2020年まで63年もの間、現役の漫画家として活動されました。謹んで哀悼の意を捧げます。

 1970年代から80年代にかけて、水島先生の野球マンガは少年たちの血を沸騰させていました。『ドカベン』『男どアホウ甲子園』『一球さん』『球道くん』などの作品に登場する魅力的なキャラクターたちが繰り広げる汗と涙の物語は、少年たちに野球部の扉を叩かせる大きな原動力となっていたのです。

 作品の多くはアニメ化も果たしており、筆者も子供のころにはずいぶん楽しませていただきました。特に『ドカベン』はしばしば再放送も行われていたため、筆者も何回見たのかまったく覚えておりません。TVのチャンネルを合わせて時間が来ればオープニングが流れ始め、山田が、岩鬼が、殿間が、里中が生き生きと躍動する姿を毎日のように見ることができた時代があったのです。

 プロ野球選手のなかにも『ドカベン』を見て野球を始めたと語る方も多く、特に清原和博氏は『ドカベン』秋田文庫版(秋田書店)5巻のあとがきで「私に野球を教え、4番バッターのイメージを強烈に植え付けてくれたのが山田太郎だった」ことを明かしています。

 また、文庫版のあとがきを依頼された清原氏が、水島先生に「ドカベンを再び描いてほしい」と頼んだことが後の『ドカベン プロ野球編』の執筆につながっています。『プロ野球編』で山田は西武ライオンズに入団していますが、これは執筆のきっかけとなったのが当時西武ライオンズに所属していた清原氏だったといいます。

 イチロー氏も『ドカベン』の愛読者であり、『プロ野球編』開始の際に「殿間と一緒にプレイしたい」と要望したため、殿間はオリックス・ブルーウェーブ(現:オリックス・バファローズ)に入団した経緯があります。日本の野球界に水島作品が与えた影響の大きさを物語るエピソードです。そもそも『プロ野球編』で実在の球団と選手の使用許可が出たこと自体が異例なのです。プロ野球界が水島先生の存在をどれだけ重視していたのかを、いま改めて実感します。

【画像】野球好きの「夢」を形にした、水島新司氏のマンガ作品(5枚)

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