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『機甲戦記ドラグナー』放送から35年、「良いものは必ず出てくる」を教えてくれた名作

1987年2月7日は『機甲戦記ドラグナー』の放送が開始された日です。「ガンダムを再構築する」という目標を掲げて制作され、索敵・電子戦に対応した「D-3」や、主人公機よりも強い量産機「ドラグーン」の存在など、意欲的な設定が注目を集めました。また、大張正己氏が担当したオープニングアニメのクオリティの高さでも知られています。

TV朝日17:30枠にいったん幕を引いた作品

『機甲戦記ドラグナー』のマイヨ・プラート(右下)は、当初敵キャラとして登場するが、のちに主人公級の扱いとなる。画像は「機甲戦記ドラグナー Blu-ray BOX」(ハピネット)
『機甲戦記ドラグナー』のマイヨ・プラート(右下)は、当初敵キャラとして登場するが、のちに主人公級の扱いとなる。画像は「機甲戦記ドラグナー Blu-ray BOX」(ハピネット)

 筆者が最初に『機甲戦記ドラグナー』の文字を見たのは、新聞のTV欄でした。おそらく、『機動戦士ガンダムZZ』を見ていた人ならば新番組の宣伝を見ていたと思いますが、当時の筆者は習い事のために見ることができず、『ZZ』の終わりも、『ドラグナー』の始まりも、新聞で知る羽目になったのです。

『ドラグナー』とはどんなアニメなのか。実は当時の筆者は、存在そのものをあまり気にしていませんでした。「ああ、新しいアニメが始まったんだ」程度の認識だったと思います。1987年という時代は、1979年に放送開始した『機動戦士ガンダム』が生み出したリアル路線のロボットアニメのブームが、ひと段落ついた時期だったのです。

 ロボットアニメの衰退は、1985年に放送された『機動戦士Zガンダム』『超獣機神ダンクーガ』『蒼き流星SPTレイズナー』『忍者戦士飛影』の4作品のうち、『Zガンダム』を除く3作品が打ち切りになるなど、すでに目に見えて明らかになっていました。折からのファミコンブームの到来で、子供たちが欲しがるおもちゃの嗜好も変化し、プラモデルや超合金の売れ行きが鈍ってしまったことも、大きな問題点となっていたのです。

 率直に言って、『ドラグナー』は放送された時期が悪すぎたのでしょう。筆者自身あまり興味がなく、気づいたら始まり、そして終わっていました。正直『ドラグナー』がらみで一番驚かされたのは、後番組がロボットアニメではなく、5人の少年が鎧をまとって戦う『鎧伝サムライトルーパー』だったことでしょう。

 当時の関東圏の子供にとって、夕方の5時半にTV朝日がロボットアニメを放送するのは毎年の風物詩だったため、「あれ? ロボットアニメもうやらないんだ」と、少し寂しく感じたことは覚えています。

 当時はインターネットも存在せず、ビデオでのTVアニメ販売もあまり行われてはいませんでした。一度見逃したアニメを見る機会は再放送を待つのがセオリーでしたが、『ドラグナー』の再放送は筆者の住む地域では行われず、結局『ドラグナー』に触れたのはそれから数年後、知人に見せてもらった「ロボットアニメOPED集」が最初となったのです。

【画像】今見てもかっこよすぎ! 3体の「ドラグナー」(8枚)

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