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急に作者が出てくる「マンガあるある」は消えた? 手塚作品から『鬼滅』まで

マンガで作者がキャラクターとして登場する場面が時折見受けられます。昭和時代の作品が多いようですが、果たして時代による変化はあるのでしょうか。

手塚治虫と登場人物の応酬がすごい…でもその文化はだんだんと減っていく?

「ワニ先生」はコミックスのおまけページにのみ登場する 著:吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻(集英社)
「ワニ先生」はコミックスのおまけページにのみ登場する 著:吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻(集英社)

 名作マンガにはよく「作者」が登場してきました。ギャグだけならまだしも、まあまあシリアスな場面でも、です。おそらくは日本独自の文化(ノリ)であろうこの演出は、果たして今でも残存しているのでしょうか。この記事では具体的に「作者が出てくるマンガ」の実例をあげつつ時代をくだっていきたいと思います。

●超大御所がやっているのだもの…キャラとしての作者

 作者が登場するマンガにも二種類あると言って良いでしょう。ひとつは文字どおり、作中人物として作者が登場するというもの。そしてもうひとつはページに別枠を設けて、解説人物として登場するというもの。まず前者の例をみていきましょう。

 『サザエさん』(1946年開始)の長谷川町子先生もたびたび、作中人物として出演していました。たいていは、メタ的な発言をしていわゆる「楽屋オチ」を迎えるというものです。

 さらにマンガの神様・手塚治虫先生もまた自分の作品によく出演しています。多くはメタギャグという要素が強いのですが、なかには一概にギャグと言い切れぬ出演もあります。たとえば天才役者にして大泥棒が主人公の『七色いんこ』(1981年開始)では、自らの心身症の設定を消すよう、作者手塚治虫氏に直談判するとんでもない場面が描かれます。この時の応酬は演劇論にも通じており、作者登場回のなかでもやはり神様級の面白さを誇っています。

 また『タッチ』(1981年開始)などで知られる巨匠あだち充先生もまた「急に出てくる作者」のひとりです。サンバイザーにメガネで巨大なペンを持ったおなじみのあだち先生がふらっと現れて、何か言い訳めいたことを言って去っていくのが通例です。これを含めてあだち先生の作風と言っても過言ではないでしょう。

 2000年前後でもこうした作者登場の文化(ノリ)は残っています。例えば1997年に連載開始された『世紀末リーダー伝たけし!』の作者、島袋光年先生も「しまぶー」として準レギュラー出演しています。

●解説者としての作者の登場は?

 以上は「作中人物としての作者登場」ですが、「解説人物としての作者」はどんな例があるでしょうか。

 有名作品でいえば『SLAM DUNK(スラムダンク)』(1990年)の井上雄彦先生の分身である「Dr.T」が挙げられるでしょう。作中の随所でバスケ用語やルールの解説をしてくれました。作中人物ではなく、あくまでも分身キャラが説明するところにこだわりを感じます。

 少女マンガですと『ちびまる子ちゃん』(1986年)は代表例と言っていいでしょう。さくらももこ先生のちょっとしたエピソードや暮らしの知恵(のようなもの)がストーリーに応じて挿入されることは多くの方からすればおなじみ。ほかにも1999年連載開始の『GALS!』の藤井みほな先生であれば、同じページ内に欄を設けてそこで心境を吐露したり、お気に入りのグッズを紹介したり、割と自由に出演していました。

 作者による解説がもっとも前景化している作品は2000年から連載開始された格闘マンガ『ホーリーランド』でしょう。ストーリーの途中で突然、森恒二先生の一人称で語られるナレーションが挿入されることで有名です。先生は姿こそ現しませんが、どの作品よりも強烈な存在感を放っていたといえるでしょう。

 ここまで紹介してきた作品に通底するのはやはり、メタ的要素を許容するコメディの基盤があること。ストーリーすら茶化せる気軽さが必要でした。例えば『ONE PIECE』のなかでとつぜん尾田先生が登場してしまえば、これまで積み上げてきた世界観を壊すことになります。逆に手塚先生がストーリーマンガでさえもこの手法を用いていたことには改めて驚かされます。

 そして、令和の現在において作者登場文化はどうなっているのでしょうか。例えば『鬼滅の刃』の吾峠呼世晴先生は単行本のオマケマンガで登場する程度です。『呪術廻戦』でも芥見下々先生が突然、登場して虎杖たちと話すなんて展開はありません。もしかしたら、これまで紹介してきたように作者が登場人物とからむような演出は減っているのかもしれません。なお作者が「解説」を担うマンガはまだ時折、見受けられます。

 浅学の私見ながら作者登場文化は1990年代から2000年代にかけて緩やかに登場人物路線から解説者路線へと変更していった、そう解釈しても不自然ではないでしょう。果たしてこれが令和時代にどう変わっていくのか、要注目です。

「作者とキャラとの距離感は明らかに時代を反映している! そこまでは分かる」

 この記事の筆者はそう言っています。

(片野)

【画像】「作者が出てくる」時代の伝説級に面白いマンガ

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