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“怖い”と感じた被災地での舞台挨拶…「許せない」と思われても。新海監督が震災描く理由

「おかあさん、どこ?」と泣きそうな声で誰もいない荒れ地をさまよう小さな女の子。ギイイッという音の先には、建物の上に乗り上げた漁船が…。

 2022年11月11日から公開され、大ヒット中のアニメーション映画『すずめの戸締まり』冒頭のワンシーンです。12年前の震災を思い出し、心をえぐられるような思いをした人もいたかもしれません。

東日本大震災による津波で、岩手県大槌町の民宿に乗り上げた観光船(写真提供:共同通信社)
東日本大震災による津波で、岩手県大槌町の民宿に乗り上げた観光船(写真提供:共同通信社)

「舞台あいさつって、普段はあまり緊張せず楽しいものなんです。でも、今回は怖いと感じました」

 本作を手掛けた新海誠監督は、数々の大ヒット映画を創造し続けている、気鋭のアニメーション監督です。新作を発表するたびに全国各地の映画館を訪れ、観客とコミュニケーションするためにたくさんの舞台あいさつを行っています。

2022年11月に公開され大ヒットとなっている映画『すずめの戸締まり』メインビジュアル (C) 2022「すずめの戸締まり」製作委員会
2022年11月に公開され大ヒットとなっている映画『すずめの戸締まり』メインビジュアル (C) 2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 それは2002年の商業デビュー作『ほしのこえ』の頃から一貫して監督が大切にしていること。「観客の顔を見て声を聞くことが自分にとって何より特別な時間で、それが映画づくりの醍醐味」と考え、20年以上、繰り返し行ってきた舞台あいさつですが、『すずめの戸締まり』で被災地である東北の映画館を訪れた時は怖さを感じたと言います。

 2016年公開の『君の名は。』や、2019年公開の『天気の子』でも、災害をモチーフにしたアニメ映画を手掛けてきた新海監督にとって、東日本大震災は「(作家として)作るべきものを変えさせられた」出来事でした。

2011年3月11日、東日本大震災による津波が家屋をのみ込む様子。宮城県名取市で(写真提供:共同通信社)
2011年3月11日、東日本大震災による津波が家屋をのみ込む様子。宮城県名取市で(写真提供:共同通信社)

 東日本大震災から12年。監督が今も震災をはじめとする災害に向き合い続ける理由と、2011年の震災発生当時から、『すずめの戸締まり』公開後のこれまでを新海監督に聞きました。

「3・11」からずっと続く「ある気持ち」

 2011年3月11日14時46分、東北地方を襲った巨大な揺れは、200キロ以上離れた東京をも大きく揺るがしました。1995年の阪神・淡路大震災の時は大学生だった新海監督は、関西に住んでいた妹の心配をするなど「ただただ翻弄されるばかりだった」そうですが、2011年の東日本大震災はアニメーション監督として災害に向き合う転機となりました。

 その時、新海監督は同年5月に公開を控えていた長編映画『星を追う子ども』を東京都内で制作中でした。「自分や日本という国の将来、そして、まだ1歳にもなっていない娘の将来はいったいどうなるのか」と、その先のリアルな人生を初めて心配する事態だったと語ります。

2011年、東日本大震災発生の年に公開された、新海誠監督作品『星を追う子ども』ポスタービジュアル (C)Makoto Shinkai / CMMMY
2011年、東日本大震災発生の年に公開された、新海誠監督作品『星を追う子ども』ポスタービジュアル (C)Makoto Shinkai / CMMMY

「こんなことをやっていていいんだろうか、もっと役に立つことをしなければいけないのではないか」

 しかし、アニメーション制作には膨大な人たちが関わり、それらスタッフの生活や人生もかかっています。監督が投げ出すわけにもいきません。

「仕事を休んでボランティアに行く人や、実際に仕事を変えた方もいらっしゃるでしょうけど、僕はそこまで踏み切ることはできませんでした」

 新海監督は震災以降、アニメーションを作り続けていくことに、自分が被災者でなかった、当事者ではなかった、という「後ろめたさ」を感じるようになり、それは現在までずっと続いているといいます。

 しかし、自分にできることはエンタメを作ること以外にない、「エンタメを作ることの意義や意味のようなものを、震災をきっかけに考えるようになった」と話します。

東北での舞台あいさつで聞かれた「声」とは

 2011年7月、『星を追う子ども』の公開から遅れること2か月。被災地である東北の映画館が営業再開し、仙台や福島の被災地域でも同作品の舞台あいさつが行われました。その時、監督は大きな津波被害のあった宮城県名取市閖上(ゆりあげ)にも番組の取材で足を延ばしています。

津波で家屋が全壊、流失した宮城県名取市の閖上地区(写真提供:共同通信社)
津波で家屋が全壊、流失した宮城県名取市の閖上地区(写真提供:共同通信社)

 人口の1割以上となる800人もの犠牲者が出たこの地域は、当時津波によって建物が流され、荒涼とした風景が広がっているだけでした。

 その閖上を訪れた体験が、2016年の『君の名は。』の発想の原点だと新海監督は言います。あの時、閖上で新海監督は「自分もここにいた可能性があったかもしれない」と感じ、その感覚が、東京の男子高校生と彗星の落下で被害に遭う地方の女子高校生が入れ替わるという発想につながっています。新海監督がそのことを初めて公に打ち明けたのは、同作の舞台あいさつで名取市の劇場を訪れた時だったそうです。

2016年に公開され大ヒットとなった新海誠監督作品『君の名は。』の上映会に詰めかけた人びと(写真提供:共同通信社)
2016年に公開され大ヒットとなった新海誠監督作品『君の名は。』の上映会に詰めかけた人びと(写真提供:共同通信社)

「名取でそのことを話してくださって、ありがとうございます」

 観客から掛けられたその言葉が、新海監督にとって今も印象に残っているといいます。

『君の名は。』に続く『天気の子』では気候変動により異常気象が続く世界をテーマに、誰でも被災当事者に成り得ることを描きました。しかし、『すずめの戸締まり』では今まで直接描かなかった現実の震災による爪痕を、物語のなかに登場させたのです。

 主人公のすずめが東北に向かう道中、道路沿いには朽ちた家屋が見られます。荒涼とした場所に電波塔がぽつんと立つすずめの実家付近も、参考にした場所があるといいます。そうした現実の被災現場を娯楽映画のなかに取り込んで本当に良かったのだろうか、と監督は悩んだようです。

 そして作品の公開後も「東北地方の劇場に行くべきか迷った」と、複雑な胸中だったことを明かしました。

「お客さんに嫌な思いをさせてしまうのではないか。無用なハレーションを起こしてしまうかもしれない。かといって東北だけ舞台あいさつに行かないのも不自然ですから、スタッフとも相談し、行くことにしました」

 新海監督が東北での舞台あいさつで緊張するもうひとつの理由は、他の地域と比べて「トーンが違う」という点です。

「どの地域でも、舞台あいさつの合間にローカルテレビ局や新聞社の取材を受けますが、東北では、インタビュー中に涙ぐむ方や、『自分も被災者で…』と、ご自身の体験を語ってくださる方もいらっしゃいました。もちろん、観客の温度感も違いました。どの地域の舞台あいさつでも鑑賞後に泣いてくださっている方はいるのですが、東北の劇場の場合、その涙がどういう意味なんだろう、本当に大丈夫だったのだろうか、必ずしも映画に感動したということだけではないのかも、と思いました」

2022年12月3日、『すずめの戸締まり』の舞台あいさつで仙台の劇場に立つ新海誠監督(コミックス・ウェーブ・フィルム提供)
2022年12月3日、『すずめの戸締まり』の舞台あいさつで仙台の劇場に立つ新海誠監督(コミックス・ウェーブ・フィルム提供)

 しかし、そんな新海監督の心配をよそに、東北の観客から温かい言葉をたくさんもらったそうです。

「奇妙な話かもしれませんが、みなさんこちらを励ましてくださるんです。『大丈夫ですよ』とか、『ナイーブに見えますけど、元気出してください』といったお言葉をたくさんいただきました。それは東北三県で共通していたことです」

何かを表現することは常に「暴力性」を帯びる

『すずめの戸締まり』の主人公・すずめは、「災い」の扉を閉じる仕事を続ける青年・草太と出会い、次なる災害を止めるための旅に出ることになる (C) 2022「すずめの戸締まり」製作委員会
『すずめの戸締まり』の主人公・すずめは、「災い」の扉を閉じる仕事を続ける青年・草太と出会い、次なる災害を止めるための旅に出ることになる (C) 2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 しかし、新海監督は、そうした励ましの声の「外側」にいる人に想像力を働かせることも忘れていません。

「映画を観に来てくださる方々が励ましてくれた一方、『こんな映画は許せない』と思っていらっしゃる方々もいるだろう、ということも同時に思いました」

『すずめの戸締まり』には、震災の被害を想起させる描写も少なくありません。そうした表現は誰かを傷つける可能性があることを、新海監督は十分に自覚した上で、それでもあえて描写することを選んでいます。

▲公開中の『すずめの戸締まり』PVでは、作品タイトルが表示される0分51秒から、地震災害を想起させる表現が随所に挿入されている。災害を止めたい、大切な人を守りたいという主人公の思いに感情移入させられる場面も

「何かを表現することには常に何らかの暴力性が帯びると自覚しています。しかし、その暴力性を過剰に避けたら誰の心も動かせないものになってしまう。それではそもそもエンタメを作る意味も意義も見出せない。人間関係はなんであれ、深く知ろうと思えば、傷つけあう過程がどうしてもあります。勝手な言い分かもしれないですが、触れてほしくないことというのは、触れてほしいことでもあると思うんです」と、新海監督は話します。

「災い」を止めたい、大切な人を助けたいという思いから行動を起こすすずめは、観客も巻き込んで物語を動かしていく (C) 2022「すずめの戸締まり」製作委員会
「災い」を止めたい、大切な人を助けたいという思いから行動を起こすすずめは、観客も巻き込んで物語を動かしていく (C) 2022「すずめの戸締まり」製作委員会

『すずめの戸締まり』では、主人公のすずめが震災による悲しい記憶と向き合い、自分自身を励ましながら前へと歩き出す姿が描かれています。

 実際に震災で友人や家族を亡くされた方から、映画に対して「明日につなげられるんだ、生きていていいんだと思った」や「この映画をきっかけに、家族を津波で亡くしたことを友人たちに打ち明けることができた」という声もあがっています。

震災に興味がなくても「面白そうだから見てみよう」と思える作品を

 新海監督は、物語の「人の心を動かす力」は震災の記憶をつなぐことにも役立つと考えているようです。

 監督は、本作の制作動機として、若い人びとを中心に震災を知らない世代が増えていることへの危機感を挙げています。しかし、東北地方では震災からの復興が終わったわけではありません。それは映画の風景にも刻印されています。

すずめたちが草太の友人・芹澤の車に乗って東北に向かうシーンでは、震災の爪痕を感じさせる景色が描かれる (C) 2022「すずめの戸締まり」製作委員会
すずめたちが草太の友人・芹澤の車に乗って東北に向かうシーンでは、震災の爪痕を感じさせる景色が描かれる (C) 2022「すずめの戸締まり」製作委員会

「映画で描いた国道6号線沿いのシーンは、道路だけが真新しく、道路沿いの家々は廃屋のようになっていますが、あれは現実の風景で、全て誰かの帰るべき家です。実際に東北へ向かう道路を走っていると工事車両の多さに気がつきます。地元住民よりも、工事関係者の方が多いようなところもあります。そういう風景が今も続いているんです」

宮城県南三陸町の市街地を行き交う工事車両(写真提供:共同通信社)
宮城県南三陸町の市街地を行き交う工事車両(写真提供:共同通信社)

 エンタメには人びとの共感を集め、感情移入させる力があると新海監督は言います。その力は、震災を知らない若い世代へと伝える力にもなると、監督は信じています。

「もし、震災に興味がなくても、面白そうだから見てみよう、話題だから観に行ってみよう、という広がり方ができるのがエンタメの力だと思うんです。そして、物語は観客と登場人物に感情移入、共感させることができる。そのためには、作品自体が面白くなければなりません」

「物語の力」というバトンが受け継がれていく

 新海監督自身も「物語」から多くのことを学び、そして助けられてきたと言います。

「物語は、学校や家とも違う、第三の居場所のようなものだと思います。自分も10代や20代のころ、そういう場所に逃げたことはあるし、物語を通じて世界を少しずつ知ってきました」

 そういう物語を、いま、自分が提供する番が来たと新海監督は自覚するようになったそうです。

「『君の名は。』の公開前、なにかバトンのようなものが手元に来たような気がしたんです。アニメーションによる自分の得意な表現と、観客が共有できるテーマに接点が見つかり、何らかの役割を果たすターンにいるんだという感覚です」

 エンタメの物語を作ることは、そのバトンを渡していく行為とも言えるかもしれません。

「自分がバトンを持っている感覚は、錯覚のようなものかもしれません。それでも、物語の作り手には、バトンが来たと感じるタイミングがきっとあるはずです。その錯覚がふいに訪れるという意味で、それは受け継がれていくものなんだろうと思います」

『君の名は。』、『天気の子」、そして『すずめの戸締まり』と。震災を機に自然災害と向き合い続けてきた新海監督。大きな衝撃を与えた2011年の大震災が若い世代にとって遠い出来事となってしまう前に、今しかないという強い覚悟で作った『すずめの戸締まり』は、震災の記憶を次の世代へと渡すバトンとなるのかもしれません。

[取材・文=杉本穂高/編集=佐藤勝、沖本茂義/撮影=小原聡太]

※本記事は、「マグミクス」によるLINE NEWS向け東日本大震災特集です。